九世紀半ば、北・中央アジアでは、唐・ウイグル・吐蕃の三大帝国の勢力が弱まって真空状態が生じ、多くの遊牧民が一斉に活動を開始した。本書は、なかでも勢威をふるったキタイ(契丹=遼)国について、遼代史の専門家である著者が初めて一般読者を対象に書き下ろした書である。1993年刊行書籍を組版・装幀を改めた新装版で、著者が還暦に記した「回想」と、「島田正郎先生の横顔――『契丹国』再刊に寄せて」(岡野誠)を付す。 ●編著者のことば この国の法や制度、とりわけ政教の拠り所を固有の民族祭に求め、なかでその進行をシャマン出身の国の「巫」にゆだね、意識的に「郊祀」を排撃したこの国を、中国王朝の系列のなかに置くことが、果して許されるであろうか。私は自説の少数意見にすぎないことを十分承知しながら、なおかつ執拗にこの国を中国王朝の系列外の存在、「胡族国家」と位置づけたい…… (「あとがき」より)
●構成 Ⅰ キタイ(契丹・遼)国の興亡…1 1 勃興前の契丹 2 2 契丹国の成立 8 3 耶律阿保機の事蹟 12 4 燕雲十六州の割取 14 5 世・穆・景三代 18 6 聖・興・道三代の盛世 21 7 遼国の滅亡 28 8 カラ=キタイ(黒契丹・西遼) 30 Ⅱ キタイ(契丹・遼)国の制度と社会…37 1 統治の仕組み 38 2 契丹・漢二元の官制 50 3 騎馬の精強軍団 67 4 契丹・漢二元の法 71 5 独自の儀式と典礼 80 6 シャマンと巫 92 7 契丹文字 99 8 牧畜と農耕の経済 106 9 風俗と習慣 120 10 土木建築と美術工芸 133 11 契丹と日本 157 12 征服王朝か胡族国家か 160 Ⅲ 悲劇の王、倍…169 1 倍の生い立ち 170 2 父、阿保機の死と倍の譲国 177 3 東丹の国都を遼陽に遷す 183 4 倍の医巫閭山への隠棲 188 5 倍、海に泛び故国を去る 192 6 唐都での倍の文人生活 195 7 倍と堯骨、兄弟の死 199 8 大統、倍の児孫に帰す 203 あとがき…208 キタイ(契丹・遼)国略年表…212 主要参考文献…216 回想(島田正郎)…218 島田正郎先生の横顔――『契丹国』再刊に寄せて(岡野誠)…238
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