日本ビジネス中国語学会 第14回公開公演・シンポジウム

 

 

中国語通訳への道

 

 

 塚本慶一

 

 

 

 

 

  本日は『中国語通訳への道』(大修館書店)という拙著に基づいて以下のいくつかの点に分けて述べてみたいと思っております。


  まず“通訳作業のプロセス”ですが通訳というのは、いったい具体的にはどのようなプロセスを必要とする作業なのでしょうか? 発言者の話を別の言語に訳す作業です。しかし、“訳す”という作業はそれはど単純ではありません。

  通訳とは決して単純な言葉の再生ではなく、ましてや簡単な言葉の置き換えでもありません。通訳は極めて緊張度の高い仕事です。通訳者は瞬時に分析と推敲をしなければならず、話し手の言う意味を正確に理解して訳語を的確に選び、わかりやすくかつすばやく伝える必要があります。

  通訳という作業も他の事柄と同様に内在している法則があるはずです。アメリカの翻訳者E.A.ナイダ氏などは翻訳作業のプロセスに分析を加えています(『翻訳学序説』1972年)。そうした見解を参考にしつつ、実情に鑑みて、私は通訳作業のプロセスを「再生-整理-表現」の3つのステップに分けられると思います。このプロセスを図で示すとだいたい以下の図のようになります。


  ここで話し手の一言一句をきちんと聞き取ることは、通訳に要求される最も基本的なことです。聞き取ることができて始めて原文の意味が理解できるからです。この聞き取りを完璧なものにしていくために必要と思われている学習の心得としては、まず“速聴”――通訳者がスタート時点から全神経を集中させ、速いスピードでも完璧に聞き取り、いかなる内容をも記憶でき、それに適応できることが大事である。

  それから“多聴”――とくに日本語のあいまいさに主語がはっきりしないことから、論理構造が明確であないことがあります。例えば句読点のことから言うと、日本語には“、”・“。”の二つしかないのに対し、中国語ですと“、”“,”“;”“。”の四つもある。それだけに構文はわかりやすく、論理的であります。従って、日本語の場合ですと、多く聞き取ることが必要で、それによって全体のキーポイント、キーワード、キーフレーズを理解、整理することができるようになると思います。

  さらにもう一つ“精聴”――良いもの、使えるもの、役に立つものをじっくり、くり返しながら聞き取ることによって当初の興味のある分野のものが、やがて得意な分野へと変わり、最終的には英語のように得意とする分野以上に専門分野が持てるほどの通訳者になれると思います。

  以上の“3聴”を通して、集中力、記憶力、適応能力を高めるほかに、中国語の抑揚強弱、長短緩急にも強くなると思います。


  それから“通訳のプロセス”の中にある、理解-判断-構成とは、さきほど述べた日本語のあいまいさなどから、或いは話し手の不慣れなど難点がある場合が少なくありません。そこで、内容を理解しやすく、判断を正しくするように構成すると、そこで初めて話し手の内容を自信をもって、かつ整理された形で、聞き手に伝えることができて、そうすればおのずから受け入れてもらえるわけであります。


  さらに語学力を使って、相手に伝えられるようにするにはここで“3S”、“3読”、“3声”をおすすめいたします。

  まず“3S”――これは、“スピーチクリニック”、“スピーチコミュニケーション”、“パブリックスピーキング”を指します。先ほども述べましたように、通訳というのは話すことが仕事です。したがって通訳技術や語学そのものの学習が重要なのほ言うまでもありませんが、それと同じくらい話し方の学習がたいせつです。

  スピーチクリニックでは、正しい発音・四声で話すことを目標とします。

  まず正しい発音・四声ができているか、中国語らしいリズムで話せるか、間の取り方はどうかなど、さまざまな面からチェックします。これは、実際のところ、なかなか一人でするのは難しい学習です。自分の話した中国語をテープに録音して、自分でチェックナる手法もないわけではありませんが、やはり正しい発音と話し方ができるネイティブスピーカーの先生について学ぶのが最良の方法と言えるでしょう。さらに理想をいえば、日本人の発音や声調習得上の弱点をよく理解しているネイティブスピーカーであることが望ましいと思います。矯正された点はすぐその場で直すようにしなければなりません。そして矯正されたその日のうちに、その箇所を何度も繰り返し練習しましょう。

  発音矯正は、学習歴が浅いほど有効で、短期間のうちに成果を得られます。できれば中国語の学習を始めて3年以内にスピーチクリニックを受けることをお勧めしたいと思います。しかし学習歴が長くても、よい先生について真剣に練習すれば必ず矯正することは可能です。諦めてはいけません。

  スピーチコミュニケーションでは効果的なコミュニケーション、言い換えればコミュニケーションを豊かにするための方法を習得します。コミュニケーションですから、当然のことながら独学というのはむずかしいかもしれません。互いに切磋琢磨できる、よい学習仲間が必要となるでしょう。

  パブリックスピーキングは、スタンダードな話し方と人前でのスピーチの方法を学びます。必ずしも専門的な技能の習得は必要ありませんし、むずかしく考えることはありませんが、これも一人で学ぶのは不可能です。まず教室のような一定の人数が集まる場所が必要です。日常の生活の中で、人と話す時に、聞きやすい明瞭な発音・発声で話しているか、自分の言いたいことを豊かに表現できるか、堂々と人前で話せるかなどの点を心掛けるだけでもよいのです。よく、椅子に腰掛けたままなら緊張せずに話すことができるのに、人前に出たとたんに、むやみに緊張し、普段の実力の半分も出せないという人がいます。“自分はあがり症だから……”と諦めないでください。パブリックスピーキングの練習を積むことによって必ず改善されます。

  会議やレセプションなど特に逐次通訳の場において、通訳者は主役ではありませんが、大勢の注目を集める存在です。発言者が一区切り発言した後、通訳者が通訳し始めます。その時、会場にいる多くの人の目が通訳者に注がれるのです。静まりかえった大きな会議室で、あるいは千人以上を収容できるバンケットホールで、そこにいる人全てが通訳者に注目し、通訳するのを待ち構えている……そんな状況を想像してみてください。特にあがり症ではない人でも、相当緊張する場であることは確かでしょう。だからこそ、パブリックスピーキングの練習を積み、人前でもあがらず、明瞭な声で話す練習がたいへん重要なのです。

  しかし通訳者も人の子。ある程度あがるのも仕方のないことですが、問題は如何に対処するかです。やり方はいくつかありますが、一つには、自己暗示によって、自らを最善、最良の状態に置くようにすること、あるいは腹式呼吸を練習して楽に発声できるようにすると、多少あがってしまっても、うまく話ができるようになります。

  次に“3読”とは、多読・速読・熟読のことです。多読でより多くの中国語をインプットし、速読で中国語をより速いスピードで理解し、熟読で文章構造とニュアンスを把握します。

  多読は文字どおり多くの中国語を読むことです。学習歴が長く、たくさんの語彙や構文を学んだにも関わらず、トンチンカンな中国語を話したり、書いたりして平然としている人がいます。どこが間違っているのか、おかしいところがあるのかないのか、自分で判断できないのです。中国語のインプット量が圧倒的に足りないために、学んだ語彙や構文を応用できない、もっと単純な言い方をしますと、中国語の感覚が身についていないのです。多読は声をださなくても練習できますから、あなたの心掛け次第でいつでもどこでもできる練習です。もちろん素材は何を選んでもかまいませんが、一つの分野に偏ることなく、様々な分野の読み物に挑戦してほしいと思います。

  速読ほとにかく速いスピードでどんどん声を出して文章を読んでいくのですが、最初は1秒間で1文字くらいの速さで読みましょう。それができたら、次は1秒間に2文字ぐらいを読む速さを目指します。もちろん出来るならばもっと速くてもかまいません。1秒間に3~4文字程度の速さにまで到達できたら、今度はゆっくり読んでみてください。ずいぶん余裕を持って読めるようになっていると思います。そして読むのに余裕が出てくると、文章自体の意味や構文なども分かるようになり、中国語の音もきれいに出せるようになります。学習歴の短い人は少したいへんかもしれませんが、誰にでもできる簡単なトレーニングで、必ず効果が得られます。

  熟読は単語の意味や文章の意味、構成をじっくり考えながら声を出して読むことです。

  ご存知のように、中国語には非常にはっきりした抑揚強弱、長短緩急があります。この点を常に意識しながら読んでいきます。単語の意味、文章の構成などをよく分析し考えれば、平坦な読み方はできないはずです。ああ、ここは盛り上げるところだな、ここは少し沈んだ調子で読んだ方がいいな、などと波をつけながら読んでいくと、自然とその文の表現する雰囲気の中に入っていくことができ、楽しく読めるのです。先に述べた速読と平行して練習していけば、メリハリかつスピード感のあるネイティブ・スピーカーに近い感じで読めるようになります。

  それから“3声”とは、“声量”(ボリューム)・“声調”(リズムやトーン)・“声風”(パーソナリティー)のことです。これも一般的な語学の学習ではさほど問題にされませんが、通訳者には必ず求められる要素です。

  “声量”は通訳者にとってことのほか大切です。なぜならば通訳現場の状況は実にさまざまだからです。工場、会議室、応接室、広い宴会場、ホール、あるいは野外という場合もありますし、それぞれの場所に常にマイクが置いてあるとは限りません。これらの場所をイメージしてみてください。それぞれの状況に応じた声のボリュームが必要だということが自ずからわかるでしょう。

  “声調”、これは話す調子のことです。あなたは一本調子の、めりはりのない口調で話す人の話を聞きたいと思いますか。もちろんNOでしょう。でも、あなた自身が話をするとき、声の調子についてどれくらい意識しているでしょうか。

  通訳は話を聞き手に伝えなければなりません。通訳者が声を発し、聞き手の耳に届け、聞き手にそれを受け入れられてこそ“通訳”という作業が成立するのです。聞き手に受け入れられない声の調子で話していては、“通訳”の善し悪しを論ずる以前の問題で、“通訳”が成り立っていないということになります。

  あなた自身が聞き手の立場に立って想像し、聞き手を引きつける声の調子とはどういうものか、よく考えてみてください。そして聞き手に受け入れられる声の調子を常に心掛けてほしいと思います。

  “声風”も大変重要な要素です。ただ、ここで言うパーソナリティーというのは通訳者自身のパーソナリティーではありません。話し手(スピーカー)のパーソナリティーを反映させることの重要性です。しかし、一方、通訳者は“空気のようなもの”であっても、一定の存在感、即ち通訳者自身のパーソナリティーが自ずから表われ、それが通訳の出来を決定することもしばしばあるということも付け加えておきましょう。


  さきほどの“通訳のプロセス”という図にもどりますが、語学のあとに“常識”が書き示されています。ここで言う常識とは、職業実務に係る知識や背景知識及び中国に関する諸事情に精通し、話し手の内容を理解でき、共感まではしなくとも、要するに適切な判断が下せることでそうすれば、信頼される存在になり得るのです。

  そのあとにある“表現”とは、まさに“3S”の中にあるパブリックスピーキングを通して鍛えられ、雰囲気をつくり出し、一種のパフォーマンスを完成させるようにすることです。そうすることによって始めて真に迫り、聞き手を感動させることができるのです。


  最後に訳すということになりますが、言うまでもなく、それはいままで述べたことをしっかり把握した上で、始めてできるものです。そして訳出するに当たり最も肝要なことは、“正確さ”、“わかりやすさ”と“すばやさ”という“3サ”です。つまり、“正確に訳す、わかりやすく訳す、すばやく反応して訳す”ということです。

  正確さというのは、単なる言葉の置き換えではなく、発言者の意図を正しく把握して情報を正しく伝えるということです。

  わかりやすさというのは、言い換えれば独り善がりの通訳をしないということです。通訳というのは、聞き手に理解されて初めて成り立つものなのですから、自分だけがわかっていても全く意味がありません。常に聞き手の立場を思いやって訳出することが求められます。

  例えば“刎頚之交”という言葉を発言者が言ったとしましょう。ある通訳者がそれを「刎頚の交わり」と訳しました。ここまでですと、なにも問題はなさそうですが、しかしその話を聞いている聞き手の大半が小中学生だったらどうでしょうか。小学生に「刎頚の交わり」と言っても理解されません。したがってこの通訳者は正しい訳語を選んだけれども、通訳としてはミスを犯した、つまり評価されないということになります。この場合通訳者は聞き手のほとんどが小中学生だということを念頭において、別の訳語を選択するべきでした。例えば「一番大切な親友」、もっと説明できるならば「生きるのも死ぬのも一緒と考えるくらいとても大事な友だち」という訳語を使うべきだったのです。

  すばやさというと、同時通訳を思い浮かべる人もいるかもしれませんが、そうではありません。逐次通訳の場合もすばやい反応と訳出が必要です。逐次通訳は発言者の発言が一区切りしてから通訳を始めるわけですが、発言者の発言が終わってから、どれくらい後に通訳し始めるのでしょう。5秒後? 10秒後? いいえ、どちらも長すぎます。実際には発言者が話し終えてからほんの1~2秒で通訳を始めなければなりません。5秒以上通訳者が沈黙していたら、聞き手は「通訳はいったいどうしたんだ」と怪訝な表情をするに違いないのです。発言者が話し終えてから15秒間考えてベストな訳ができるよりも、そこそこの訳で1~2秒で訳し始めるほうが評価されるということも多いにあり得るのです。もちろん1~2秒でベストの訳ができればそれに越した事はありませんが。すばやく反応して、正確に、聞き手にわかりやすく訳す、言葉で言うのは簡単ですけれども、言葉という生き物を相手に、この“3サ”の域に達するのは容易ではありません。


  さて通訳上達のためには、まずモチベーションを高める必要があると思います。モチベーションとは、意欲、目的意識をしっかりと持つこと、またやるには、やりがいつまりやる価値をしっかりと認識する必要があると思います。そのためにも、学習の“場”、“友”、“師”という三つの要素が必要と思います。

  “場”とは一流の学習環境、つねに実戦的な授業を提供してくれるようなところで、かつ実演を通じて、しっかりと語学力や各技法、マナー、知識、情報などを身につけていく場。

  “友”とは一流をめざす学友とともに切磋琢磨をしながら、おのれを高めていく、いわば“相互幇助、共同提高”していくことのできる友。

  “師”とは、一流の現役通訳者-師のもとで、師に学び、師を意識し、いつか師に追いつき、追い越せるように、それでこそ一流への道も可能となるわけでしょう。

  それから、母語の大切さを強調したいと思います。私たち日本人は日本語を話し、聞き、書くことができます。母語は外国語にくらべて語彙も豊富で表現力もあるのは当然のことです。しかし、通訳という仕事に就く限り、ただ話せる、聞ける、書けるだけでは不充分です。母語のブラッシュアップをおろそかにすると、たとえば日本語を母語とする人が、中国語から日本語への通訳をする際、どうしても中国語に引っ張られてぎこちない日本語訳になってしまうということになってしまいます。これでは通訳者として評価されません。よりスムーズな日本語訳となるよう、日本語のブラッシュアップを常日頃から心がける必要があります。

  そのほか、アンテナをはり、インターネットなどから最新の情報を入手、活用すること。ただ情報が錯綜し混乱していては困るわけで、その事実と真実を分別できるようにしなければなりません。

  また将来のことを思うと、より専門性の高い通訳者をめざす必要があるでしょう。まして、中国語はいま英語に次ぐ国際語としての高いステータスから今後各分野、各専門へ進出することから、英語のように得意とする分野以上に専門分野を持つ必要性が出てくると思います。


  最後になりますが、中国語通訳への現状と展望について述べてみたいと思います。

  その前にまず通訳の種類と形態について、中国語通訳の現状に基づいて触れてみます。

  通訳の種類は、大きく次の四つに分けられます。

  観光ガイド通訳-観光専門のガイド(ガイドの説明を通訳する場合と中国語で直接ガイドをする場合がある)。主として旅行社から依頼による。添乗員の業務を兼務する場合もあり、名所旧跡の知識や歴史の知識、各地の事情に関する知識が求められる。

  随行通訳(アテンド・エスコート通訳)-来日した代表団あるいは訪中代表団について行動をともにし、滞在中のホテルの送迎、表敬訪問、視察、商談、会議、パーティ、観光などの通訳をする。このうち、表敬訪問、商談や会議は別途会議通訳を手配する場合もあり、ケース・バイ・ケース。つまり、エスコートと会議通訳を明確に分けて担当する場合とすべて一人で担当するケースがあり、エージェントやクライアントによって異なる。日本の代表団の訪中に随行する場合は上述のすべての業務をこなすことが多いが、観光のみ、別途中国側旅行社のガイドを手配する場合がある。したがってこの場合には、メインの会議の通訳をこなせる会議通訳者を派遣することが多い。

  放送通訳-テレビのニュース番組などの通訳。同時通訳、時差同時通訳(あらかじめ受信したものをテープに録画し、日本語に翻訳して放送時に中国語の音声に合わせて日本語で訳文を読み上げる)、テープの翻訳作業、テロップ作成など。

  会議通訳-主に国際会議・セミナー・シンポジウムの通訳(同時・逐次)。

  以上は、通訳の種類ですが、さらに細分しますと、上述のほかに警察・法廷通訳、芸能通訳、研修・商談通訳や企業内通訳(正社員として企業に所属する場合および契約社員として委嘱され、企業内の対中業務、主に通訳や翻訳の仕事をする)もあります。分野は多岐にわたっており、会議通訳レベルでは政治・外交・経済全般・科学技術・文化・社会など一通りすべて対応できる能力が求められます。

  次にこの中国語通訳の市場についてですが、市場の背景となる日中関係を見てみますと、日中関係が成熟し、実務者レベルの会議が年々飛躍的に増えています。それに加え、中国のWTO加盟に伴ない、ビジネスも一層活発になることが予想されます。更に中国の国際社会における地位の向上に伴なって、中国の国際会議の参加がたいへん増えていることも事実です。このような背景を見ますと、英語通訳の市場に較べて、その規模はまだまだ限られていますが、中国語通訳の市場は今後拡大こそすれ、縮小することはあり得ないといえるでしょう。中国語通訳者のニーズは今後とも増加傾向をたどることは容易に推測されます。

  中国のWTO加盟以外にも明るい大きな発展要素があります。皆さんご存知の2008年の北京オリンピック開催、そして2010年に予定されている上海万博の開催です。近い将来予定されているこれら2つのビッグイベント及びF1グランプリ(上海)やユニバーサルスタジオ(無錫)などは、中国語通訳者に一時的であれ、大きな市場を提供することになります。実際、現在通訳学校で勉強をしている受講生の中には、2008年の北京五輪や2010年の上海万博に通訳として参加することを目標の一つとしている人も少なくありません。またこのイベントが日中関係に与えるプラスの影響ほ計り知れませんし、これを機に日中関係がより成熟し、密接になり、一層往来が頻繁になることでしょう。

  中国の国際社会における地位が高まるにつれて各種の国際会議への中国の参加が不可欠になっており、こういった場での通訳者の活躍の場も広がっていくと思われますし、今後は中国のマスメディアからの発信も増加し、放送通訳者(地上波、衛星など)の需要が増えることも予想できます。

  市場に対する私の楽観論とその根拠をお話ししたところで、今度は現在活躍している中国語通訳者の現状について少し述べてみたいと思います。

  中国語通訳者はその市場の規模が限られていることなどから、なかなかそれぞれの専門分野を特定して仕事を展開することができません。もちろん得意な分野やよく仕事を依頼される分野というのはキャリアを積むにつれて徐々にできてくるものではありますが、それでも「私は経済と金融分野の通訳者です」と名乗る通訳者はいないのが現実です。エージェントから依頼があれば、予定が入っていなければ、どんな仕事でも引きうけています。幅広い知識と柔軟な思考、そして貪欲なまでの好奇心と通訳という仕事に対する一種の使命感のようなものを持っていないと到底続けられるものではありません。

  現在、同時通訳をこなせる会議通訳者は英語約200名に対し、中国語は20名足らずと推測されます。今後の市場拡大とともにレベルの高い中国語通訳者が多く育つことが期待されます。

  エージェントが仕事を依頼する際、各通訳者のキャリアをもとに発注するケースがほとんどです。通訳の仕事は一件ごとに通訳者への評価がなされます。エージェントがクライアントに対し、派遣した通訳者の仕事のできはどうであったかを確認します。できが悪ければ、あるいはクレームがつけば、もう二度とそのクライアントやエージェントから仕事の依頼は来ないということもあり得るのです。逆に評価がよければ次回、同様の仕事があればまた依頼が来ることになります。このように、通訳者の仕事は、毎回試験を受けているようなものです。その試験の成績表ともいえる実績こそが通訳者を評価するもっとも有力な根拠となります。しっかりとしたエージェントからは毎年実績表の提出が求められます。

  われわれ中国語通訳者をとりまく環境や条件も、この20年ほどで徐々に整備されてきたと言えましょう。しかし通訳者の立場から申しますと。より一層の整備を求めたいというのが本音です。英語通訳を使い慣れているクライアントやエージェントは、通訳業務とは何かを熟知していて問題は少ないのですが、それでも、中国語通訳の特殊性まで認識している方は非常に少ないのが現状です。一つ例を挙げますと、中国の習慣によるものですが、会議での発言者は原稿を準備してそれを読むことが多いにもかかわらず、事前に原稿を入手させてくれない、中国語の固有名詞は日本語の発音で通訳しなければならないほか、中国独特の略語や新語があり、正確な意味を確認する必要があるにもかかわらず、事前の打ち合わせもさせてくれないなど……。現在活躍している通訳者がことあるごとに訴えてきたおかげで、以前に比べると随分改善されてはいますが、まだ認識は徹底しているとはいえません。通訳者自身が問題意識を持って問題の改善や、環境の整備に努めるのは必要なことですが、現実にはなかなか難しいようです。今後良好な日中関係の発展により、クライアントやエージェントだけでなく、中国語通訳者に対する幅広い支持と認識を得られるよう期待したいものです。

  この通訳者業界では女性が圧倒的に多いというのは一つの特徴です。では、女性通訳者が働く環境としては恵まれているかというとそうとも言いきれないようです。私が聞いた話によりますと、一緒に仕事をするクライアントの担当者は男性がほとんどで、随行通訳や出張などの仕事では、まるで雑用係のような仕事をさせられたりすることもあり、通訳者自身もそれに甘んじる人や進んでそれを買って出る人も一部にいるそうです。通訳はサービス業とはいえ、あくまでも通訳業務を通してサービスを提供するという意味です。協調精神や思いやりは必要ですが、通訳の社会的地位を向上させるためにも、プロとしての自覚を持って、節度ある行動を心がける必要があります。

  繰り返し述べますが、中国はたいへんなスピードで変化しつつ発展しています。そういう中国と日本との交わる点にいる私たち中国語通訳者は、とてもスリリングでエキサイティングな体験(仕事)をしています。もちろん仕事ですからそれなりの苦労はありますが、その苦労以上の充実感を味わっていることも事実です。私たち通訳者、そして中国語通訳者をめざしてがんばっている皆さんにとって将来は明るく輝いています。中国語通訳者の市場は新しい若い人材を渇望しています。通訳の勉強を続けるのはたいへんなことではありますが、志を曲げずがんばってほしいものです。

 

以上

 

 

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