○私の実践中国語(3)
  時候の挨拶

 

 

   藤本 恒(京都文教大学講師)

 

 

 

 

 

 “失败为成功之母”これは私の手元にある中国語の“成语小词典”に書かれている格言の一条である。ちなみに表紙の裏には《1958年出版、北京大学中文系1955年語言班編》となっており、私の蔵書スタンプには「1960年大安書店にて購入」となっている。

 この格言、日本では「失敗は成功のもと」などと人々に言い習わされているが、上記の詞典の解説では「失敗の中から教訓を学び取ることで、失敗を勝利へと変化させられることの喩え。」としており、“只要不灰心,失败为成功之母,好好地吸取教训,以后一定能取得胜利。”となかなか勇ましい短文が用例として示されている。

 失敗を失敗として認めたがらない性格のせいか、失敗しても教訓を汲み取らないためか、私の場合この格言のように後日「勝利」することは、全くとはいわないが殆どなかったといっても過言ではあるまい。懲りない人間の代表とでもいえようか。

 さて、その失敗である。身の上話ばかりになるが、具体性、切実性を感じ取ってもらうにはこれが一番であると考え、このシリーズでは自分の恥を曝け出すことにしている。

 1960年8月、故周恩来首相が日中間の友好貿易方式を提案されたのに対して、多くの企業が好機到来と日中貿易に乗り出した。戦後中国語を勉強して“没有用武之地”と脾肉の嘆をかこっていた多くの若者が企業内でも重宝されるようになった。私も“改学就商”ということで、それまでの10年間の教員生活から、おそ咲きながらも花の商社マンへと転進した。

 もう三十を過ぎた中年男で、商品知識・商取引の知識の全くない私に、最初に回ってきた仕事が、中国貿易公司あてに取引口座開設を依頼したり、自社の取扱商品の説明をしたりする中国語の手紙書きの仕事であった。普通なら入社して10年近くたっている年齢であるし、商用文の記述内容は任せてもらえるのだが、こちらは入社に際して、「商売のことは何も知りませんから、そのつもりで頼みます。」と大威張りで宣言していたものだから、原文はみな私より年配の「候文(そうろうぶん)」を書き慣れた白髪頭から回ってくる。

 元からの貿易商社ではなく戦後の繊維産業の最盛期に急速な成長を遂げた企業であったのと、幹部の多くが国内取引中心にたたき上げてきた人たちであったため、文書の最初の部分は必ずといってよいほど、「拝啓、貴社益々ご隆盛の段、大慶至極に存じ奉ります。」などから始まる。そして、「ご高承の通り、弊社は……」なる空虚な言葉が次に続く。

 中国語書簡文の場合、特に商業文の場合、相手の名称を最初に記述すれば、日本語の手紙で使われる「拝啓」「謹啓」「前略」「拝復」などの冒頭句は用いない。まして時候の挨拶、安否の挨拶(相手側→自分側)など、省略されることが多い。もちろん、この様な型に従って悪いということはない。が、普通見受けるのはせいぜい“您好!”くらいで、早速用件にはいってしまう。忙しい業務に追いまくられているビジネスマンが前置きの長い文書をじっくりと賞味することができないことは国際的な常識であるはずだ。

 だが、私が入社した頃、古いしきたりの残るこの船場の企業では、必ずしもその理屈は通用しなかった。「どの国の人にも、礼を尽くして悪い筈がない。」、「教科書にはそう書いてあるかも知れないが、わが社の書簡はわが社の特色を出してよい。」、「礼節を尊ぶ中国なのだから……」。難儀なことに当時はまだ中国語簡体字ワープロはなく、邦文タイプライターで日本語の漢字活字を使って中国語手紙文を作成していたので、「藤本君、私の書いたこの部分は、どう訳してくれたの、どの文字にあたるの。」などと尋ねられると「いやそんなことは中国語では言いませんし、言う必要もないのでカットしました。」では通らない。やむなく短くても一応その部分は文字にしておいた。今から思うと恥ずかしい限りで、受け取った相手も木に竹を接いだようなこの文章をみて、さぞかし驚いただろうと思う。そんな経験から、その後はずっと中国からもらう手紙に注意を払ってきた。

 日本語と外国語を対比した場合、語法構造上からも前置きが長い日本語と、まず結論(肯定・否定の基本動作が直ちにわかる)を出す外国語との文化差がここにも凝結しているのだろうか。苦し紛れではあるが、冒頭の「失敗を成功のもと」にするため、拾いあつめてあった、時候の挨拶を別紙のように整理してみた。果たして「成功のもと」になっているのだろうか。読者の判断を仰ぎたい。
 

 

 

季節のあいさつ語

新年
謹んで初春のお慶びを申し上げます。 谨贺新春。
謹んで新年のお祝詞申し上げます。 谨贺新年。
謹んで新年の御慶びを申し上げます。 恭贺新喜。
御丁寧な賀状を戴き、厚くお礼申し上げます。 承赠贺年片,谨致谢忱。
新春を迎え、ご一家の御平安を心よりお祈り申し上げます。 喜迎新春,衷心祝愿您全家平安。
新年の初頭にあたり皆様のご健康とご幸福(多幸)を祈ります。 新年伊始之际,祝各位健康幸福.
初春の御喜びを謹んで申し上げます。 恭贺新喜。/恭贺新春。
初春の輝かしい光に包まれて希望に燃えています。 一片阳春烟景,令人充满希望。
海を隔てて新年のご挨拶を申し上げます。 隔海遥致新年的祝贺。
あけましておめでとう! 賀正/謹賀新年
新年好!新年快乐! 恭贺新禧!春节快乐!
新しい年の初めにあたり謹んでご挨拶申し上げます。 值此新春之际,谨表祝贺。
值此新年佳节,谨表贺意。 时值新春,谨致由衷的问候。
本年も相変わりませずよろしくお願い申し上げます。 今年亦请一如既往赐予关照。
本年は倍旧のお引き立てを賜りますようお願い申し上げます。 今年敬请倍加惠顾为祷。
旧年中は格別のご高配にあずかり厚くお礼申し上げます。 去年蒙您格外的照顾,谨此向您致以最诚挚的谢意。
本年も相変わりませず、ご指導、ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。 今年仍请一如既往多加指导为至幸。
まもなく××年も終わり、また新しい年が来ようとしています。 ××年就要过去了,新的一年又来了。
もうすぐ春節です。 快要过春节了。
まもなく皆さんの国慶節です。楽しい祭日をお過ごし下さい。 马上就要到你们的国庆节了,祝你节日愉快!

 

小川の水も温み 小河的水已变暖,
風かおる五月晴れ 和煦芬芳的五月,
小春日和ものどかに 小阳春阳光和煦,
暦の上では春ですが 按照季节已是春季,但~。
桜花爛漫 樱花烂漫,
さみだれのころ 正值(正是)梅雨季节,
さわやかな新緑のころとなり 已是春和景明的时节,
春光うららかに 春光明媚,
春暖の候 阳春之际,/春暖时节,
春眠暁を覚えずと 常言道春眠不觉晓,
つつじの花が咲き誇る 已是杜鹃花争艳的时候,
土手の蕗のとうが芽を出し 河堤上的款冬花已发芽,
日一日と春のよそおいを深め 大地慢慢披上春装,
一雨毎に少しずつ温かくなって 一番春雨,一番暖,
緑したたるような五月 正是绿油油的五月时节,
陽気な季節に 已是春暖花开的季节了,
若葉のかおる季節 嫩叶散发芳香的季节,
若葉の緑も色濃くなり 绿叶色深,春意正浓,
時下春暖の候 春暖时节。
次第に春めいて参りました。 已渐入春了。
だんだんと春らしくなってきました。 渐渐已是春天了。
木々の緑が春を感じさせる頃となりました。 大地返绿,春意盎然。
大地に春がよみがえり、爽やかな季節になりました。 大地回春,令人感到心旷神怡。
陽春の頃となりました。 已是阳春季节。时令已是阳春。
桜の花の咲き誇るうららかな季節です。 已是樱花绚丽,风光明媚的季节了。
風薫る五月、端午の節句ももうじきです。 微风习习,端阳节即临。
このごろはもう春の気配が感じられるようになりました。 近来已有了春天的气息。
××はもう暖かくなってきました。 ××的天气已经暖和起来了。
そちらの春の様子をお知らせ下さい。 请告诉我你那里的春天景象(景色)。

 

暑さ寒さも彼岸までと申しますが 常言道热到秋分冷到春分,但
暑さ日増しに加わり 暑气日增,
炎暑の候 酷暑之际,/酷暑之时,
酷暑の候 酷暑之时,
今年の暑気は特に凌ぎがたく 今年的暑热特别难以忍受。
今年は二十年ぶりの暑さとか 据说是二十年来最热的一年。
残暑なお厳しい折から 正当秋老虎之际,
暑中御見舞い(御伺い)申し上げます 问候暑安。/恭候暑安。
猛暑の折りから 正是酷暑时节,
残暑御見舞い申し上げます 谨致以残暑之问候。/谨致残暑问候。
暑中御伺い申し上げます 恭候暑安。
爽やかな風が立ちはじめ、初夏の訪れを告げています。 轻风习习,转眼初夏将临。
若葉の萌える初夏となりました。 已是遍地新绿,夏天来到了。
青葉の繁る季節です。 绿叶繁茂,时令正是夏天。
毎日うっとおしい雨が続きます。 连日下雨,很是闷人。
暑さ厳しき折、如何お過ごしですか。 目前时值炎夏,您别来无恙?
強烈な夏の日差しの下、蝉の声だけが聞こえてきます。 在强烈的阳光之下,只听见知了的叫声。
今まさに夏の真盛り、燃えるような暑さです。 正值三伏,炎热难耐。
夏の盛りとはいえ、誠にひどい暑さです。 盛夏时节,暑气逼人。
春が過ぎたと思ったら、夏がやってきました。 春天才过去,夏季就来了。
××は今とても暑いのですが、そちらはいかがですか。 ××现在天气很热,你们那边气候如何?
夏も盛りとなりましたが、××の夏はさぞ暑いことでしょう。 已经进入盛夏,××的夏季一定很热吧。
ここ数日とても暑いですが、いかがお過ごしですか。 这几天天气很热,你怎么样(您身体好吗)?
もう夏になりましたが、こちらは天候か不順で時には肌寒いほどです。 目前已进入夏季,但这儿天气不正常,有时比较冷一些。

 

一葉落ちて天下の秋を知ると申しますが 常言说,一叶知秋。
秋空高くさわやかで良い気候のこの季節 在这秋高气爽(正值天高气爽),气候宜人的季节,
天高く馬肥えるころ、 天高く馬肥える秋です。
秋高气爽的季节, 秋高马肥的季节了。
今年は残暑が厳しいですね。 今年入秋后,仍是非常炎热。
立秋とはいえ、まだまだ暑い日が続いています。 虽说已过了立秋,但每天还是很热。
涼風に秋の気配を感じます。過ごしやすい季候になって参りました。 金风送爽,天气宜人。
今や秋たけなわ、ハイキングに出かける人々をそこかしこで見かけます。 秋意正浓,到处看到去郊游的人们。
むし暑い夏もようやく過ぎ、さわやかな秋がやってきました。 闷热的夏天好容易过去,凉爽的秋天终于到了。
秋が来ました。××の秋はさぞ美しいことでしょうね。 秋天到了,××的秋天一定很美丽吧。
秋空高くさわやかで良い気候のこの季節に…… 在这秋高气爽,气候宜人的季节,……
この二,三日雨が降って、秋色が一段と深まったように思われます。 这两天下雨,觉得秋意浓多了。

 

寒気厳しい折りから 正是严寒季节。
こちらはひどい寒さです。 我方这里天气也寒冷,
霜降る月となりましたが、 已是落霜月份,
年の瀬もいよいよおし迫りましたが、 年关在即,
××も寒い季節にはいったことと存じます。 谅××已进入寒冷季节。/谅最近天气变得很冷。
年内余日少なく何かと春のお支度にお忙しいと存じます。 岁末余日少,谅事事迎春忙。
雪は豊年のしるしだと申しますが 常言道瑞雪兆丰年。
余寒なお厳しい折りから 仍是春寒料峭时节,
立春とは名ばかりの寒さ 虽说已是春天,但寒气未消。
立春もほど近いというのにこの寒さ 虽说立春将近,天气仍然很寒冷。
余寒御見舞い申し上げます 谨致余寒问候。
秋にお別れして以来、あっという間にもう年末になった。 自从秋天分手之后,转眼间已到年底。
冬の気配の感じられる今日この頃、如何お過ごしですか。 渐渐到冬天了,您最近过得怎么样?
めっきり寒くなって参りましたが…… 天气已显著地变冷了。
貴地ではもう雪が舞い散り、見渡す限りの銀世界となっていることでしょう。 想必贵地大雪纷飞,到处是银装素裹。
今年もおし迫って参りましたが…… 年关迫近……
寒さ厳しき折、ご家族の皆様には、お元気でお過ごしのことと存じます。 目前天气严寒,但想必尊府各位健康,愉快。
日一日と寒さが厳しくなってきました。どうぞご自愛下さい。 一天比一天冷,请多多珍(保)重身体。
××はもう冬です。最近雪も何度か降りました。 ××已经是冬天了,最近还下几场雪了
××も寒い季節に入ったことと存じます。どうぞお体にお気をつけ下さい。 ××大概也进入寒冷季节了,请您多保(珍)重身体。

原載:『日中経協ジャーナル』(財団法人日中経済協会)

 

 

 

 

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