○商務漢語閑話――ビジネス中国語エッセイ(9)
 日・中同文異議語彙 その1

 

 

   藤本 恒(京都文教大学講師)

 

 

 

 

 

  先日終了した「対中民間協力型派遣前研修」の中国語研修の中で、日本語と中国語で同一の文字を使用はするが、使い方や意味が微妙に異なる幾つかの語彙が話題になった。ちょうど、この「ビジネス中国語、ここがポイント」の話題にもなると思い、従来とはちょっと趣向を変え、以下学習書的にこれらの語彙を列記して読者の参考にする。

日本「協議」のと中国の“协议”

 日本語の「協議」は話しあうこと、相談して決めることで、「協議に入る」・「協議離婚」などという。

 中国語のそれにも「話しあう」意味があるが、より多く使われるのは名詞形で団体間・企業間での交渉を経て得た「取り決め」・「合意」を指す。“达成协议”は「合意に達した」ことで、その内容をまとめた“协议书”「協議書」は“合同”「契約書」のことである。

日本の「供応」と中国の“供应”

 今の日本語ではご馳走してもてなすことで、昔は「饗応」と書いた。交渉ごとの潤滑油にもなる。

 中国語では“供(gōng)”と“飨(xiǎng)”は発音も意味もまるで違う。“供”が供給する、“飨”は酒食でもてなすこと。“供应”は求めに応じた物資供給の意味である。

 “产、供、销”という言葉があるが、これは「生産、原材料供給、製品販売」を略した熟語である。

 逆に、中国語の“应酬”はつきあい、応待や私的な会食の意昧だが、日本語のそれは言い返したり、やりとりすることだ。もっとも、酒席での杯のやりとりも「応酬」というが……。

日本語の「請求」と中国語の“请求”

 購入した物品が納入される時、納品書と一緒に請求書がついてくる。請求とは「当然もらうべきものを相手に求める」こと。どこかの料亭や飲み屋のお姐さんから送られてくることもある。

 ところが中国語のそれは、希望を述べてぜひ実現させて下さいと平身低頭して相手に頼むことで、“请求”側の立場は誠に弱い。きちんと“要求”すべきだ。

 では請求書のことを中国語で何というのだろうか。ふつう“帐单、条子、付款通知单”とか呼ばれるが、これは伝票や書き付けの類まで含む概念で、そのものスバリの表現ではない。市場経済の更なる深化と範囲の広がりにより、語彙の充実と意味の定義付けが進むことを期待したい。

日本語の「近代」と中国語の“现代”

  改革・開放政策のおかげで、かつて1964年12月第三期全人代第一回会議で周恩来総理(当時)が提起した“四个现代化”が加速度的に進行している。日本語の「現代」は自分の生きている時代を指し、「近代」は現代を含む中世に次ぐ時代で、それぞれ相当な時間の広がりを持つ。しかし中国語の“现代”とはごく直近の身近な時期を指しており、“近代”でさえも、その語感からは、せいぜい阿片戦争以降の時期をイメージさせている。中国では「改朝換代」の中世が長期にわたり、ついこの間までその時代をまだ身近に感じているせいだろうか。“现代”も“近代”もその歴史全体に占める期間は短い。“现代”は特に短い。

  余談だが日本人が本来時間的に長い筈のものをまったく逆に短い時間単位で使っている言葉に先輩・後輩がある。この「輩」は、人の一世代を指すから、学校の卒業年次が一年や二年の前後差の者を先輩・後輩と呼ぶのを聞いて中国の人は、きっと奇妙な感じを抱くだろう。中国の“先辈”もしくは“长辈”の場合、普通は親子程の年齢差、せめて10歳以上の年の開きを意識しているものだ。

日本の「政府」と中国の“人民政府”

  我々日本人は「政府」という言葉を聞くとどうしても中央官庁の厳めしい印象を抱く。

  中国で地方都市を旅行していて、“※※乡人民政府”などという建物の入口表示に身構えることはないだろうか。国の事務を取り扱う地域の行政部門だから、「政府」には違いないのだが、その管轄範囲によって、市役所・区役所・町村役場などと使い分けている日本語の感覚からは、なかなか敷居の高い言葉である。

日本の「出入国」と中国の“出入境”

  中国への渡航で最初に出くわす日中意味違い語句はこれだろう。英文で“Immigration”と記されているので普通はごく単純に中国語の“入境·出境”は日本語の「入国・出国」だと理解して使っているし、外国人の場合はそれで誤解は生じない。しかし、実は違う。では何が違うのか?問題は「国」と「境」との意味違いにある。中国語の“出国”と“出境”を辞書で調べてみると、ともに「出国する」という日本語訳がついているが、“出境”の方にはさらに「ある地区を離れる」との訳がついている。この違いは香港を例にとればわかりやすい。中国にとって、香港は中国であるのだが、国内の中国人が香港に入るにはこの“出境”手続きが必要である。また同様に、香港居住の中国人(香港人)が北京や上海へ行く時にも“入境”手続きがいる。しかし北京・上海から直接日本その他の外国へ向かうのは、中国語でも“出国”である。書店では“出国旅行指南”なる手引書も販売されている。

原載:『日中経協ジャーナル』(財団法人日中経済協会)

 

 

 

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