○商務漢語閑話――ビジネス中国語エッセイ(7)
 ビジネス中国語のにおい

 

 

   藤本 恒(京都文教大学講師)

 

 

 

 

 

 バターくさいとか、味噌汁くさいとかいうと、それは欧米の匂いがするとか、日本固有の風味があるというように、受け止められる。それでは中国風の味わいがあるということは、どう表現すればよいのだろうか。

 若い時ほど頻繁ではないが、今でも時々中国語の通訳や翻訳を引き受けることがある。平素自分が自己の意思に基づいて直接中国語で中国人と話をしたり、中国語の文章を書くときには、思考方法の切り替えが自然に行われており、自分では気にならないのだが、仰せつかって人様の発言を通訳したり、文章を翻訳したりする時には、この日本語の表現に見られる固有の匂いが気になって仕方がない。

 人間が行う通訳・翻訳は、最近インターネットなどで使われている機械的転換翻訳ではなく、対応国文化間でのそれぞれの文化へのソフト・ランディングであるとするなら、日本語でこう言う場合、外国語(=中国語)による表現はかくあるべきだとは、学生時代に指導教官から口をすっぱくして教えられ、頭に叩き込んだ原則であった。

 主語やそれをとりまく修飾語で頭でっかちになり、最後の最後まで結論がどうなるのか気がかりな日本語を中国語に訳す場合や、反対に先に述語になる助動詞・動詞がきてしまい述語部分全体が長い中国語の通訳・翻訳を行う場合は、記憶力のよさが勝負になる。(書面の翻訳を行う場合は、ゆっくり推考できるからまだよいが)

 日→中、中→日いずれの場合も、発言者の一区切り分の言葉を最後まで覚えておき、発言が終わったとたんに、即時・瞬間的にこれを対応外国語へ構造(文法)転換と語彙(単語)転換を行い、口に出すという作業を繰り返さなければばならいのである。生産システムに喩えれば、部品+設計図の看板方式とでもいう「知的生産」の技術である。

 閑話休題、このような日本語特有の文法構造と、外国語のそれとの差異は厳然として存在するし、これを通訳・翻訳する時には、上述の作業が必要であり、大変重要であることを否定するわけでない。しかし、私の専門とするビジネス中国語で従来から気づいている特徴について以下述べてみたい。それは、ビジネス中国語は「バターくさい」ということである。これは決して中国語をけなしたり、非難したりしているのではなく中国経済の国際化とそれに伴う言語の国際化に由来するものだとして、共通の言語と共通の意識をもつという相互理解の助けにもなっている。特徴的な例文として、下記講演原稿の冒頭部分を見てほしい。

 

【その1】

女士们,先生们∶

  请允许我代表中国※※※※委员会访日代表团全体成员向在座的各位朋友,说几句话。

 これは、演壇からの呼びかけことばである。英語の「レイディーズ・アンド・ジェントルマン!」なる呼びかけ言葉がそのまま中国語に置き換えられている。これに続く次の部分も誠にバターくさい。さしずめ、「中国※※※※委員会訪日代表団全員にかわりまして、ご在席の皆様方に一言ご挨拶申し上げます。」と訳すのが適当かと思うが、英語の“Please allow me…….”なる英語文型を思い出させてくれる。実はこの例文にはまだ少々おまけがあって、“女士们,先生们∶”の前にさらに中国風味豊かな“尊敬的※※※※会长!”がついている。和洋折衷ならぬ、中洋折衷(中国語ではさしずめ“洋为中用”とでもいうのだろうか。)である。

【その2】

女士们,先生们∶

  我十分高兴能有机会参加※※※※代表团前来访问贵国,・・・・・・。これも1と同様に英語の“I'm very glad to have opportunity to join…….”なるパターンをすぐ想起させてくれる。

 国際化で一番影響を受けやすい用語分野では、ごく日常的な現象として、新しい用語が次々にとりいれられている。上述のインターネット関連を例にとり、最近入手した中国の資料から新語のごく一部分を下記する。

日本語(英語)
 


 

中国語(括弧内はその他同義語)
 

インターネット

因特网( 国际互联网,互联网,全球互联网,英特网,交互网,国际电脑网络,国际计算机互联网 )

ワールドワイドウェブ

万维网( 环球信息网,环球网,全球浏览系统 )

ハイパーテキスト

超文本

ハイパーメディア

超媒体

ホームページ

主页( 网页,起始页 )

ドメインネーム

域名( 域名系统,域名服务器,域名地址 )

E-メール

电子函件(  电子信箱,电子邮件,电子信函,电子函件 )

ブラウザ

浏览器

等である。

 ビジネス中国語を理解しようと心がける場合、これらの構文や用語部分の匂いをかぎ分け、いち早く活用することも重要ポイントの一つと言えるだろう。

原載:『日中経協ジャーナル』(財団法人日中経済協会)

 

 

 

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