○商務漢語閑話――ビジネス中国語エッセイ(2)
 
貿易はOK、輸出入はNO

 

 

   藤本 恒(京都文教大学講師)

 

 

 

 

 

 改革開放の大号令が出て、商社の駐在員事務所も正式に認可され、ここを拠点に外国人が公安局発行の「旅行許可証」を持たずとも、地方へ出かけ自由に旅行や取引先を訪問できる中国国内の都市数が順次増やされ始めた1980年代初期の事であった。

 当時私は自社の中国室長と北京事務所所長とを兼務しており、毎月一度は北京に一週間程度は滞在して、業務の監督を行っていた。この時の部下の報告なのだが、直近に開放された地方都市を早速訪問した。商社の事であるので、直接の取引がなくても、何かの商材はないかと、例の通り、荷物の中には忘れずに売り込み用の商品サンプルと値段計算用の算盤だけはちゃんと入れて持参したそうである。

 地方空港に降り立った彼は、そこから市中のホテルへと車を走らせたのだが、途中まできた時、田舎道のそばに立っていた、「××××貿易公司」なる看板を見つけた。「こんな中小都市の町外れにまで貿易会社が出来たのか、中国の対外開放もここまで来たか。とりあえず顔つなぎしておくのも悪くはない」と考えて、自動車を止め、その「××××貿易公司」を訪問したのだが、中の中国側職員は大慌てで、英語のわかる人間は居ないし、こちらの中国語もあまり上等とはいえない上に、相手の言葉は地方訛りがきつくてわからない。結局要領を得ないまま、退散したのだが、当地の事情を説明して貰うために訪問を予定して事前にアポイントをとっていたこの都市の「対外貿易局」で話のついでにそれを話題にしたところ、「ああそれは、国内貿易公司ですよ」と軽くいなされてしまったとのこと。

 彼は私への報告後、まだ解せぬ面もちで「どういうことなのでしょうか」と尋ねる。半分まで聞いていて、ああ、これは日本語の「貿易」と中国語の“贸易”の違いを理解していないなと気付いたが、話は終わりまで聞くことにした。

 読者の皆さんは、既にお気づきだと思うのだが、日本語の漢字と中国語の漢字の意味には殆ど同義であり、中心部分の意味は変わらないが、延長部分や、周辺部分までゆくと必ずしも同義ではないものが相当ある。漢字が中国からの輸入品であるのだからそれは当然のことでもあるのだが、「中国語は発音は難しいが、漢字だから西欧言語の様にスペルを覚える必要もない、意味は全く問題はない」と早合点することの恐ろしさをもう一度強調したい。それは私の人生を狂わせた原因の一つでもあり、未だに中国語の難しさの大きな部分であるとして悩んでいるのもこの点であるのだから。

 中国語の「汽車」は日本語の自動車の意味だし、日本語の「汽車」は中国語では「火車」という、などは単語が異なるだけにわかりやすい。

 同質だと思い込んでいたものが、実は異質であったと分かったときに、その裏切られたような感情に襲われる気分は、実にいやなものである。

 閑話休題、中国の貿易は「対外貿易」であり、対応する言葉に「対内貿易」または「国内貿易」なる言葉があることは、とくとご承知のことだと思う。ここでいう「貿易」は、日本語で言う「取引・商売」のことであり、日本語の似通った言葉には「交易」がある。

 確かに、日本語でも貿易会社はTrading companyであり、そこでは、Domestic Tradeも、Foreign Tradeも行われていた。しかし、いつの間にか、貿易といえば「海外取引」のみを指して「国内商売」は「貿易」の範疇には含めなくなっているのが、日本語の方である。

 「貿」は「交換」のいみであり、「易」も同様で、財貨の交換に国内外の区別はないのである。これを無視して話を進めると、「中国側が貿易はできると約束していたのに、いざ輸出入をしようとすると、輸出入権限がないので、進出口公司に口銭を払って委託しなければならないと言う。中国側パートナーに騙された」などと自分の誤解を棚に上げて相手に責任転嫁することになりかねない。

原載:『日中経協ジャーナル』(財団法人日中経済協会)

 

 

 

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