●社会運動と書店
ビルの下のトラムが走る道、軒尼詩道(ヘネシー・ロード)。香港の、いわゆる平和的なデモ行進のコースだ。2019年の初夏、100万人、200万人のデモが行われた時、この道は人波で埋まった。こうした大規模な社会運動は様々な分野のビジネスに影響を与えている。この書店はどうだろうか。
「2019年6月、大きな抗議活動が始まってから、逆に売り上げは伸びました。多くの人が、新しい考え方、別の視点からの物の見方を探しているからではないでしょうか。本から何かのインスピレーションを得たい、と。社会全体が“本”を求めているように感じられました」
「まさにデモ行進が行われている時に、その途中にここに上がってきて本を買っていく人もいます。あるいは行進の始まる前、終わった後に、椅子に座って本を読み、休んでいく人もいました」
艺鵠は書店であるだけではなく、出版社の側面も持っている。ミミと阿澤は店頭での販売の他に編集・出版も担当している。多忙だ。
●ミミと阿洋のお勧め
テーブルと書架に並んでいる本の中から、2人のお勧めを尋ねた。
まず、「本」ではないが写真集だ。いや「写真カード集」と言うべきか。香港のベテラン報道写真家・黄勤帯氏の『fukushima』(出版社:麻雀製作)。これは黄氏が311(東日本大震災)後の福島をインスタント・フィルムで撮ったもの。小さな箱に108点の写真が収められている。地震発生当時、黄氏と夫人は秋田で暮らしていた。夫人が秋田の大学で教鞭を執っていたのだ。報道写真家である黄氏は、もちろん安全を確認しながら被災地に駆けつけ撮影したそうだ。
もう1冊は『老爹媽思廚』(Yeung Yang編。出版社:MCCM Creations)。第二次世界大戦前に中国大陸から香港に移民してきた人々――現おじいさん・おばあさんに取材し、その手作り料理を軸に、香港での暮らしを綴ったものだ。香港人の生活の貴重な記録ともなっている。
結びに、書店名の『艺鵠』という表記について。香港で使用されている繁体字では「藝鵠」となるところ、「藝」ではなくなぜ簡体字の「艺」を使っているのか。「艺」が白鳥のように見えて、二文字の組み合わせが美しいから、という答えが返ってきた。
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