日本ビジネス中国語学会 第19 回シンポジウム

  2005/6/25

 

『ビジネス現場の中国語』――制作裏話

 

 

      

 

 

北原 恵

 

 

 

 あれは、中国での研究員身分の駐在が終わって帰国した二年前のことでした。帰国後に非常勤講師として依頼されていた大学の経済学部で「ビジネス中国語」の講座を担当することになり、人生で初めて正式に教壇に立って緊張した、あの時の初々しさを今でもハッキリ覚えています。しかし、非常勤先大学の第二外国語履修生のレベルは「ビジネス中国語」という看板を掲げた講座と実情は大きく異なり、学生の中国語のレベルは新聞記事を読むにもちょっと難しいレベルでした。市販の本を見ても、一般に基礎中国語の本は多いけれど、ビジネス中国語の本になると種類も限られ、授業で使えるような教材本は一気にレベルが高くなります。ゆえに、私の方で予め準備していた市販の教材本は、残念ながら非常勤先大学の授業では全く使えないまま、今も自宅の書棚で眠っています。

 このような現状と問題点について把握した後、私は勤務先大学に報告しましたところ、

「それなら、非常勤の語学教員の立場で教材開発して下さい」

と非常勤先大学の学生のレベルにあったオリジナル教材を開発するよう命じられたのが、本教材を制作するきっかけとなったのです。さらに、大学からは、

「学生の就職活動や将来の海外インターンシップのプロジェクトに役立つような本にして頂きたい。語学だけでなく、同時に中国事情(社会・経済関係)も学べるようにして欲しい」

との追加要望もありました。

 急な教材開発依頼でしたので、実は、大学側には当初必ず予算をつけられるという保証がありませんでした。おまけに私は非常勤講師でしたので、教授会に出席できず、内部の財務関係者と話し合う機会もありませんでしたので、作業を進める上で最も大切な予算のことは自分では決められず、大学に報告だけして、正式な回答が出ないまま、とにかく早く新学期までに作成しなければ、と作業を進めざるを得ませんでした。どれだけの月日がかかって、資金がどれぐらいかかり、どういう手続きをして初めて印刷できそうか、また作業上どのような人に協力を要請しないといけないか・・・など、私にとっても初めての本格的な教材本の制作で、もちろん思い悩むことは多々ありました。一番、きつかったのは、学校側からも印刷会社や出版社を紹介されず、無名の一介の非常勤講師として、何の「ツテ」も無いところからインターネットで自分で業者を検索し、出版社や印刷会社に直接、見積をお願いして交渉せざるを得なかったことです。

 ある中国関係の専門の出版社に問い合わせると、

「印刷部数も少なく、一つの大学だけで使うオリジナル教材なら一般の読者には売れそうにないし、利益が見込めず儲からない。書店に下ろすと管理費も高くつくでしょう・・・」

と尤もらしい理由で体よく断られ、ついでに出版社から口頭で紹介された見積りもびっくりするぐらい高かったのを覚えています。それは、大学から予算が下りなかった場合、とても私の貯金で対応できる金額ではありませんでした。最初は本当にいろいろ難航し、まさに「好事多磨」を痛感しました。当時は原稿が最終的に、本当に「形(作品)」になるなど、想像だにできなかったほどです。でも、一緒に執筆を計画した著者の先生方の中国ビジネスに対する熱い思いを考えると、途中で諦められませんでした。とにかく最後まで粘って印刷してくれる業者を見つけ、最終的に一冊の本に仕上げることが私に課された使命であると感じ、日々作業を続けました。もちろん、私は非常勤講師なので「教材開発は教員の仕事である」との大学側の主張により、原稿料は一切認められませんでした。

 そこで、私のような無名の著者は出版社に掛け合うのは予算も足りないことだし諦めた方がいいと割り切り、次に試しに中国関係で老舗の印刷会社にコンタクトを取ってみました。偶然だったのですが、この印刷会社は中国語の教材市場において、約7~8割のシェアを占め、大手出版会社からも多くの依頼を受けて中国語の印刷を行っておられる会社でした。私が郵送した原稿に対する反応や連絡も迅速で、すぐに

「うちでよければ、印刷させて頂きますよ。書店に置いても恥ずかしくない程度の印刷に仕上げられます」

との返事を頂きました。出版社に相手にされなかった後でしたので、私は天にも昇る小躍りする気持ちでこの言葉を頂き、

「よし、この会社に任せよう!」

と思った次第です。ご担当者の対応は懇切丁寧で、素人の私にも親切に説明して下さり、手順よく印刷作業を進めて下さいました。そして、何といっても見積価格がとても良心的でした。それは、大学の予算が付かなかった場合、最悪は私の貯金でも何とかできる範囲内の呈示額でした。しかし、印刷会社には書店とのパイプで販路を管理する業務内容は含まれておりません。ゆえに、単に学内の学生及び大学の関連会社で中国に進出している企業向けに大学の宣伝として贈呈する為に、ビジネス中国語の教材を体裁よく印刷してもらうだけの依頼となり、よってこの教材本は書店には並ばない「内輪の書籍」となりました。

 このような約二年間にわたる教材開発は(一年目はサンプル教材を作成し、自分で大量コピーをかけて学生に無料配布しました。二年目はその原稿を基に、レベル調整や細かな校正作業並びに経済データを更新したりしました)、私自身がまだ大学院に所属していたこともあり、博士論文や学会発表と同時進行、或いは合間を縫っての執筆、編集作業でしたので、深夜まで及ぶことはもちろん、原稿の締切前は朝方まで徹夜になることもしばしばでした。初級の中国語教材を制作するにあたり、最も苦心したのは、細かなピンイン入力でした。そして、私からは正しい原稿を提出しても、印刷業者からあがってくる原稿には、中国語ソフトの互換性の問題などもあり、思わぬ箇所に文字化けやピンイン声調の間違いなどが生じ、度重なる校正作業もそれなりに大変でした。とにかく、中国語・日本語の混在部分とピンインの印字と声調の問題、軽声の見落としなど、これは日本語以上によく問題が起こり、校正者泣かせの一面でした。

 こうして遂に完成した一つの「作品」であり著者の現場体験に基づく本教材は、各大学の第二外国語履修生や、将来、中国語を使った仕事を目指したい学生、対中進出が目覚しい各企業で中国担当になった素人ビジネスマンの方などを対象に執筆したものです。会社の舞台は、架空の「ホームフード株式会社(中国名:和睦福多食品公司)」です。この社内で起こるビジネスに関するドタバタ劇の一面を、新米ビジネスマンの部下と上海支社駐在の総経理のやり取りを通じて、現場の臨場感を持たせて描いています。ビジネスマナーや中国で働くイメージを掴んでもらうような内容にしようと工夫しました。

 本教材が、これから中国語を使って中国とのビジネスの現場に飛び込んで活躍される方々に、少しでもお役立て頂ける部分があると幸甚です。

 

(写真1)
マレーシアから国境を越えて
シンガポールへ出稼ぎに行く華人たち

(写真2)
中国に進出する日系企業
―― 生産ラインの現場 ――

【講演レジュメ】『ビジネス現場の中国語』 

1)第二外国語履修生と一般ビジネスマンを対象にした教材内容の紹介
2)制作 裏話、苦労話
3)中国と日本で献本した評価
4)著者 紹介(野中靖介 先生

    以上

 

 

 

 

 

 

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