○商務漢語閑話――ビジネス中国語エッセイ(11)
 日・中同文異議語彙 その3

 

 

   藤本 恒(京都文教大学講師)

 

 

 

 

 

原載:『日中経協ジャーナル』(財団法人日中経済協会)

 昨年4月から始めたこの「中国ビジネス用語、ここがポイント」の連載も今回で一応一年間の区切りとなる。年度末を迎えて、今までに自分の書いてきた駄文を読み返してみて、一応は常々考えて胸につかえていることを不十分ながらもご披露できたのではないかと思う。日中間の実務・ビジネスを通じて、また言語は中国語を通じて実用面で「日本人の外国語下手」が何とかならないか、何処に問題があるのだろうか、改善するにはどうすればよいか等と考えつづけてきた。そして、結論から言って「日本人は外国語下手」なる評価は間違いで、その気になりさえすれば「日本人は中国語を含む各外国語を日本人以外の外国人同等、若しくはそれ以上に上手に習得できる。」と確信している。

 そしてこの私の確信は日本の工業製品の高精度部品生産技術や、応用技術開発及び優れた組立産業のシステム化の成功事例を裏付けにしている。昨年本誌11月号で「ビジネス中国語のにおい」と題した通訳・翻訳技法で大意次のように述べた。「日→中、中→日いずれの場合も、対応外国語へ構造(文法)転換と語彙(単語)転換を行うという作業が翻訳であり、通訳をするということの中身である」。生産システムに喩えれば、部品+設計図の看板方式とでもいう「知的生産」の技術である。言葉を換えて表現すれば、高精度の部品生産は、外国語の対応語彙に対する精度の高い理解であり、看板方式や優秀な組立産業システムは的確な手順で素晴らしいデザインの製品を作り上げる、即ち文章が作成できることに相通ずる。

 外国語の場合、対応外国語によって注意すべきポイントはそれぞれ異なるだろう。しかし、究極は基本・基礎をしっかり固めることが応用動作にも強くなれるということだと考える。中国語の部品は単語であり、「同文同義」「同文異義」「同文類義」なる語彙の理解精度、活用精度を限りなく高めることである。そのためにも地道な多読と精読の組合わせによる精度向上が必要になる。前回、前々回に続いていくつかの語彙を考え締めくくりたい。

「出身」と“出身”

 「横綱曙、ハワイオアフ島出身、東関部屋」大相撲のアナウンスである。ここでいう出身とは、出生地か本籍地のこと。また「彼は東大出身だ」などとよくいうが、これは卒業のこと。ところが以上の「出身」は中国語では出身といわず、それぞれ“出生地”か“籍贯”、“毕业”という。中国語の出身とは、農民出身など若い頃の経歴、あるいは家庭の経済状況により決定される身分を指し、各人の履歴書にキチンと記載される。

「ご芳名」と“芳名”

 業界の会合やパーティの会場で、名刺の受付や署名などを求めるとき、受付側で用意する立札や名簿一覧の表題として「ご尊名」などと同様に、ごく普通に使われる言葉であるが、中国人男性がこの会合やパーティに参加しようとして一瞬戸惑うのがこの言葉だ。なぜならこの“芳”、日本語でも「芳香」などと使われるように「香しい」「草花が美しい」意味を表しており「名前」の前にくっつけると「女性の名前」ということになってしまう。参加者の男性が「これは女性だけの会合かも。」と錯覚をおこすのも無理はない。

“男汤”と“女汤”

 最近どの家庭にも風呂場があり、銭湯へは滅多に行かなくなったが、子供の頃にはよく兄弟で通った思い出がある。友人の中国人と日本の地方都市を旅行していて、懐かしい暖簾を見かけた。「今晩入ってみませんか。」と誘ったら、不思議そうな顔をして「美味しいですか、どんな味ですか」と質問が返ってきたので、今度はこちらがびっくり、ただあとすぐに合点した。彼は「スープ」「吸い物」と思ったのだ。話は変わるが中国で身体によいからと中国の友人から土産にもらった漢方薬を当時弱かった家内が服用して、たいそう元気になったので、次に渡航した時、アテンドしてくれた中国の若い女性に「家内が欲しいと言ってるので買ってきて欲しい。」と頼んだら、「藤本先生、これを奥さんが欲しがってるのですか、でもこれは男性の薬ですよ。」といわれて赤面した記憶がある。

“沟通”と“勾通”

 中国語で読めば、どちらも発音は同じ“GŌUTŌNG”である。しかし、ニュアンスは大違いだ。“沟通”の方は意志の疎通が図られる、通じ合うなどの意味であり、“要想经常写信沟通信息”(常に手紙を書いて情報の疎通を図りたい)と使われるが、“勾通”のほうは、“勾结”と大体同じで、裏で通じているとか、結託するという悪事の描写に使われる。互いに会話をしている分には問題ないが、書き物にするときには十分気をつけることだ。

 

 以上が“毁人不倦”とならず、是非とも“诲人不倦”であって欲しいと心から願うものである。

原載:『日中経協ジャーナル』(財団法人日中経済協会)

 

 

 

 【学習コンテンツ】へもどる | ホームページへもどる