○商務漢語閑話――ビジネス中国語エッセイ(4)
 発音について

 

 

   藤本 恒(京都文教大学講師)

 

 

 

 

 

 「発音は難しいようだが、中国語は文字は漢字だし、意味も漢字から判読できるから楽だろう」繰り返しになるが、これは私が四十数年前に学校で中国語を選択した間違った判断であったことは、既に申し上げた。

 ならば、中国語の発音は本当に難しいだろうか。自問自答してみて、私の独断的感覚では、中国語の発音は他の外国語に比べてせいぜい同等か或いは多少易しいのではないかと思う。ただ、私の学んだ敗戦直後の時代では、戦前のアジア言語に対する日本国一般の風潮からか、外国の先進文明を導入することに熱心のあまり、日本を対外的に発表することにはあまり大きな比重をかけなかった所以か、残念ながら教えて下さった日本人の先生方中に模範的な発音が出来た先生は、今だから敢えて言うが“寥寥无几”であった。ひどい先生は力んで発音すると中国語の特徴である四声(陰平・陽平・上声・去声)が、すべて第4声の去声になってしまったり。無気音であるべきものが有気音になったりする方もいらっしゃった。

 中国語を志す方々はご存じだろうと思うが、下記は今でも中国語の辞書には必ず記載されている中国語独自の発音記号である。

中国語の子音(声母)部分

     

     

    zhī

    chī

    shī

     

 中国語の母音(韻母)部分

     

     

    ā

    ō

    ē

    ê

     

    āi

    ēi

    āo

    ōu

     

    ān

    ēn

    āng

    ēng

    ēr

 1956年に中国の国務院は、現在使われている簡体字を公布したが(6月号掲載)、これに引き続いて、この1918年以来使われて来た“注音符号”にかえ1958年発音記号のローマ字化を公布した。私の勉強した時期は1948年から1951年であったので、この1958年の“汉语拼音方案”施行以前の中国式仮名文字である“注音符号”で中国語の発音を覚えた。最初は多少のとまどいもあったが、それなりに覚えてしまうと、やはりその国の言語をその国の人が正確に発音できるように工夫されており、正確な中国語の発音が身に付いたと思っている。丁度日本語の発音をローマ字で表記するより片仮名・平仮名でルビをふるのと同じではないかと思う。学校を卒業して数年後、中国で発表された今の“拼音”を見よう見まねで使えるようになったが、中国の友人が言うように、この一見近代的におもえるローマ字化された“汉语拼音方案”は“硬性规定”(無理矢理のこじつけ)な面があるように思え、いまだにあまり馴染めない。

 しかしそうは言ってもこれは中国語の基礎であり、インフラでもある。ローマ字の組み合わせで覚えると出来上がってしまったものを全部で500近くも覚えなければならないが、母音と子音の組み合わせで覚えると、日本語の50音でも、「あいうえお」の行5個と、「あかさたなはまやらわ」の列10個で済む。中国語は少し多いが、子音21個、単母音7個複合母音9個で総合計37個でしかない。これらを組み合わせたものが現在の「中国語初級テキスト」には必ずといってよいほど添付されている一覧表である。一覧表は教師が論理的に説明するには便利であるが、あまりにも合理的すぎて量が多くなってしまい、やみくもに覚えるには無理がある。中国語の発音を覚え中国語らしい発音を学ぶためには、日本語の仮名の様に、基本母音と基本子音をまず確実に覚えた上で、これの組み合わせで覚えるのが一番の早道だと思う。この時、その標記はローマ字でも問題はない。

原載:『日中経協ジャーナル』(財団法人日中経済協会)

 

 

 

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