倭人とはなにか 漢字から読み解く日本人の源流
出野正,張莉
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出版社:明石書店 |
出版年:2016年12月 |
コード: 216p ISBN/ISSN 9784750344546 |
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古田史学と漢字学の視点から『漢書』『魏志』『後漢書』『三国史記』など中国・朝鮮の漢文献を読解し、従来の「倭」「倭人」「倭国」を同一系統とする解釈の矛盾を明らかにし、日本人のルーツが南中国から渡来した倭種の民族「倭人」であることを論証する。
目次: はじめに 第1章 西双版納の旅――倭人の源流を求めて 1 なぜ西双版納に行ったのか? 2 西双版納の旅 (1)景洪市 (2)基諾族の村にて(一日目) (3)とんだトラブル (4)族観光村にて (5)哈尼族の村で鳥居の原型を見た(二日目) (6)哈尼族の「倭」とは「阿(アカ)人」のこと (7)哈尼族の高床式住居の中を見学 (8)哈尼族の茶摘み歌 (9)竹で編んだ弁当箱をもらった (10)哈尼族の鳥霊信仰 (11)哈尼族の人々は人懐っこい (12)景洪市の民俗料理店にて……赤飯・豆腐・こんにゃく・納豆・ちまき (13)街道に点在する哈尼族の村(三日目) (14)奈良の檜原神社にある三ツ鳥居に似た村門 (15)哈尼文化園 (16)堅魚木 (17)ミャンマー国境の族の村にて (18)銅鑼と銅鼓 (19)下駄が売られていた (20)自給自足の村 (21)布朗族の村にて (22)日本の稲作文化・神社文化の原郷を見た 3 南中国と日本列島の稲作文化の共通性について (1)高床式建築 (2)鳥居の意味するもの (3)聖林と依り代 (4)貫頭衣 (5)文身 (6)断髪 (7)食べ物 (8)鵜飼 第2章 大野晋「日本語のタミル語起源説」について 1 大野晋「日本語のタミル語起源説」とは…… 2 タミル語の特徴 3 大野晋氏の考えるタミル文化と日本文化の関係 4 「日本語のタミル語起源説」に対する批判 5 日本列島の言葉がタミル語を形成した 6 縄文土器や甕棺は南米エクアドルに伝播した 7 日本語のルーツについて 8 大野晋氏のタミル語と日本語の比較研究に敬意を表する 第3章 『論衡』・倭人磚の「倭人」について 1 「有」と「在」 (1)中国語に見る「有」と「在」の使い分け (2)中国語の文法書で「有」と「在」の使い分けを検証する (3)日本列島に関する中国文献の「有」と「在」 (4)古代中国文献に見る「有」と「在」の用例 (5)『漢書』以前の中国王朝は日本列島にいる人々のことを知らなかった 2 『論衡』の「倭人」について (1)南中国に住んでいた倭人 (2)『論衡』の倭人=『説文』の人を証明する 3 倭人磚「有倭人以時盟不」について (1)倭人磚「有倭人以時盟不」の「盟」の意味 (2)「盟」とは同盟のこと (3)「有倭人以時盟不」の「倭人」は日本列島の倭人か? 4 歴史概念としての「東夷」について (1)古代中国文献に見る東夷 (2)徐福説話について (3)扶桑の国とは (4)扶桑国=天鄙 (5)『漢書』に見る東夷 (6)東夷の概念は時代によって異なる 第4章 『山海経』の「倭」、『漢書』の「倭」「倭人」について 1 『山海経』に見る「倭」、『漢書』列伝六十九王莽傳に見る「東夷の王」について 2 南中国の「倭族」は、朝鮮半島にも日本列島にも渡来した 3 『漢書』地理志に見る「邪頭昧」県について 第5章 金印「漢委奴國王」について 1 金印「漢委奴國王」の「委奴」の意味するもの (1)金印「漢委奴國王」の「委奴」の従来説 (2)「委奴」の奴と「匈奴」の奴 (3)「奴」の意味するもの (4)「如墨委面」「倭面土國王」 (5)文身の意味するもの (6)金印「漢委奴國王」の「委奴」は「倭人」の意味 (7)内藤文二氏の「倭奴國」=「倭人國」論 (8)『隋書』の多利思北孤は金印の存在を知っていた? 2 「室見川銘板」の意味するもの (1)「室見川銘板」とは (2)銘板の解釈 (3)「室見川銘板」の時代的認識 (4)「室見川銘板」が日本列島において作られたとする説 (5)吉武高木遺跡 第6章 『魏志』倭人伝に見る「邪馬壹国」、『後漢書』東夷列傳倭条に見る「邪馬臺国」について 1 『魏志』「邪馬壹国」は「邪馬倭国」、『後漢書』「邪馬臺国」は「邪馬大倭国」 2 「邪馬」の意味 3 『魏志』「邪馬壹国」の「壹」の意味するもの 4 「倭」の意味と音について 第7章 中国・朝鮮の古文献に見る「倭」と「倭人」の使い分けについて 1 中国古文献に見る「倭」「倭人」 (1)中国古文献に見る「倭」「倭人」の表記について (2)『魏志』倭人伝の中に書かれた朝鮮半島の「倭」 (3)中国古文献に見る「倭」と「倭国」「倭人」の使い分けについて (4)『後漢書』東夷伝以後は日本列島の主たる勢力を「倭」と表現する 2 朝鮮古文献・金石文に見る「倭」「倭人」 (1)『三国史記』「新羅本紀」に見る「倭人」と「倭兵」の使い分け (2)『三国史記』における「倭国」の記録 (3)朴堤上説話を解読する (4)腆支王説話を解読する (5)「多婆那国」はどこにあったか? (6)好太王碑の「倭」と「倭人」について (7)朝鮮半島の「倭」は独立国である (8)「倭」と「倭人」の使い分けに関するまとめ 第8章 『隋書』東夷伝・俀國に見る「俀」「邪靡堆」について 1 『隋書』東夷伝・俀國を『隋書』倭國伝と表記するのはおかしい 2 「邪靡堆」は「ヤマタイ」と読む 3 「邪靡堆」の意味するところ 4 『翰苑』に書かれた多利思北孤の都 第9章 日本列島の「倭国」の終焉 1 『舊唐書』には倭國伝と日本伝がある 2 『舊唐書』に見る「倭国」から「日本」への推移の謎 3 日本国を最初に名乗ったのは近畿王朝 4 『新唐書』の「倭国」から「日本」への推移の記述 5 卑弥呼から多利思北孤を一系統とする「倭国」と近畿大和の「日本」 参考文献 あとがき
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