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●編著者のことば
道教徒たちが最高の理想としたのは永遠の生命の体得者である不死の神仙、すなわち仙人であった。「吾が生や涯り有り」という『荘子』養生主篇の言葉は「而るに知や涯り無し」とつづくのだが、涯りなき人間の知は、涯りある生を涯りなきものとして観念と幻想の世界に解き放つこともできるのだ。それだけではない。神仙となることを窮極の目標とした人びとは、仙薬の服用を始めとするさまざまの道術をあれこれと案出し、その実践につとめもしたのであった。だが所詮、神仙は観念と幻想の世界の中の存在にしか過ぎず、神仙を目標としてなされる努力が空しく裏切られざるを得ぬことは、経験的事実の教えるところであった。それが痛々しい現実であった。(本文より)
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