中国・本の情報館~東方書店~
サイト内検索
カートを見る
ログイン ヘルプ お問い合わせ
トップページ 輸入書 国内書 輸入雑誌  
本を探す 検索 ≫詳細検索
東方書店楽天市場店「東方書店plus」
楽天市場店 東方書店plus
 
各種SNS
X東方書店東方書店
X東京店東京店
X楽天市場店楽天市場店
Instagram東方書店東方書店
Facebook東京店東京店
 
Knowledge Worker
個人向け電子書籍販売
 
BOOK TOWN じんぼう
神保町の書店在庫を横断検索
 
日本ビジネス中国語学会
bei_title  
 
 
 
     
東京便り―中国図書情報 第22回 .

 

「村上春樹氏がノーベル文学賞を逃すわけ」は?
     
 

 スウェーデン・アカデミーによれば、2015年のノーベル文学賞は有力候補と目されていた作家の村上春樹氏(66)ではなく、ベラルーシの女性作家、スベトラーナ・アレクシエービッチ氏に授与されることがこのほど決まった。
 英ブックメーカー(賭け屋)の掛け率では2006年から上位に入るなど期待視されていた村上氏は今年も受賞を逃し、世界中のハルキストがため息を漏らしたことが伝えられた。

 その落胆ぶりは、中国のファンも同様だったようだ。
村上氏は「中国語圏で最も有名な日本人作家」として知られ、その作品の多くが中国語訳されている。中国メディアが公表している「作家富豪ランキング」の外国人部門では、毎年のように上位に食い込む人気作家だ。

 それだけに村上氏の“落選”ニュースが駆け巡ると、中国メディアは「なぜノーベル文学賞を受賞できないか」といった分析記事をこぞって掲載した。
ノーベル賞の選考課程の詳細は、発表から50年間は秘密にされる。そのため落選理由も、そもそもノミネートされていたかどうかも憶測でしかないのだが、記事からは「(作品が)西洋化しすぎていて日本を代表しないのか?」などといった独特の分析や思考がうかがえ、興味深い。
主な中国メディアが報じた「村上春樹氏がノーベル文学賞を逃すわけ」とは?

 

     
     
     


 

 

■「オスカー界のレオナルド・ディカプリオ」

 中国の英字新聞『チャイナデイリー』(中国語:中国日報)の電子版は、村上氏がなぜ何度もノーベル賞候補と目されながら受賞を逃すのかについて、「オスカー界のレオナルド・ディカプリオ、グラミー界のケイティ・ペリーと肩を並べる、最も悲痛な“選手”だろうか?」などと表現。
アメリカの映画賞「アカデミー賞」や音楽賞「グラミー賞」に何度もノミネートされながら受賞できない有名人を引き合いに出して、その世界的注目度の高さを示した。

さらに、ノーベル賞は選考課程が50年間極秘にされるため「憶測でしかないが」と断った上で、次のように分析する。

 「憶測1:作品が通俗的すぎて、社会批判に欠ける?」
――あるネットユーザーは「村上春樹氏(の作品)は大衆化しすぎていて、漫画を読むみたいだ」と評価する。
一部の学者やメディアによれば、ノーベル文学賞はヒューマニティーや創造性、詩情、ドラマ性を重視し、ベストセラーや通俗性は軽視している。選考委員(スウェーデン・アカデミーの会員)は、社会の不平等や独裁、人権などの現実問題を明るみに出し、弱者に寄りそうテーマをより支持している。
こうした点で、村上氏(の作品)はやはり曖昧だといわざるをえない。文学界のある人物は「彼の作品は通俗化、流行化、プチブル化しすぎている。『(そこに)政治性を通した批判はない』と選考委員に認められているのだ」という――。

 「憶測2:ノーベル賞も年功序列?」
――ある分析によれば、ノーベル文学賞は近年、年配の作家のほうが有利なようだ。50代の受賞者もいるが、70代が主流であり、2007年には当時88歳だったイギリスの女性作家、ドリス・レッシングが受賞した――。

【近年のノーベル文学賞受賞者】 (※ 筆者まとめ)
◆2007年 ドリス・レッシング(イギリス、1919-2013)、受賞当時88歳
南アフリカのアパルトヘイト(人種差別)を非難したほか反核運動で有名に。
授賞理由は「懐疑的視点と情熱、深い洞察力をもって分断された文明を厳しく見つめた」。

◆2008年 ジャン=マリー・G・ル・クレジオ(フランス、1940-)、当時68歳
現代フランスを代表する作家。授賞理由は「圧倒的な文明化の波が押し寄せる中で、新たな旅立ち、詩的な冒険、官能的な歓喜、人間的な探究を描いた」。

◆2009年 ヘルタ・ミュラー(ルーマニア、1953-)、当時56歳
チャウシェスク体制下で弾圧された人々を小説に描き、政権を批判。のち西ドイツへ移住。
授賞理由は「故郷喪失の風景を濃縮した詩的言語と事実に即した散文で描いた」。

◆2010年 マリオ・バルガス=リョサ(ペルー、1936-)、当時74歳
現代ラテンアメリカ文学を代表する作家。
授賞理由は「権力の構造と個人の抵抗や反抗、その敗北を鮮烈なイメージで描いた」。

◆2011年 トーマス・トランストロンメル(スウェーデン、1931-2015)、当時80歳
スウェーデンの国民的詩人、心理学者。授賞理由は「凝縮された透明感のある描写を通して、現実に対する新たな道程を示してくれた」。

◆2012年 莫言(中国、1955-)、当時57歳
現代中国を代表する作家。中国国籍の作家としては初の文学賞受賞作家に。
授賞理由は「幻想的なリアリズムをもって、民話と歴史、現代をつむぎ合わせた」。

◆2013年 アリス・マンロー(カナダ、1931-)、当時82歳
国際ブッカー賞など多くの賞を受賞。授賞理由は「現代短編小説の名手」であるとして。

◆2014年 パトリック・モディアノ(フランス、1945-)、当時69歳
フランスを代表する人気作家。授賞理由は「記憶を扱う芸術的手法によって、最もつかみがたい種類の人間の運命について思い起こさせ、占領下の生活、世界観を掘り起こした」。

◆2015年 スベトラーナ・アレクシエービッチ(ベラルーシ、1948-)、当時67歳
ベラルーシのジャーナリスト、作家。授賞理由は、原発などの問題を膨大なインタビューで描き出す作風が「現代の苦痛と、それを乗り越える勇気の記念碑のような、多様な声を集めた」

 『チャイナデイリー』は、「現在66歳の村上氏は長年(候補として)伴走しているが、たくさんいる高齢の先輩たちに比べ、その年齢はさほど“悲情”ではない」と分析。まだ受賞していない世界の年配作家と比べると、今後の受賞に期待がもてると行間ににじませている。

「憶測3:西洋化しすぎて日本を代表しない?」
――ある人はこういう。「ノーベル賞に必要なのは“民族”の文学、すなわち人生の意義に対する問いかけを異国情緒豊かに表現することだが、彼の作品には英米文学の味わいが強い。ユーモアや流動感、多元性があり、森鴎外、夏目漱石、芥川龍之介、谷崎潤一郎らが描く伝統的日本文学の“充実感”とは異なる。そのため多くの日本の読者は『文学的芸術性に欠けていて、日本を代表できない』とみなしている」――。

 村上氏の作品は「西洋化しすぎていて日本を代表しない」という意見には異論のある人もいるだろうが、『チャイナデイリー』はそう、日本文学に詳しい人物のコメントを紹介している。

     

 

 

 

■ 世界の若者たちが共鳴できる精神性

 中国を代表するポータルサイト「捜狐」(SOHU)は、村上春樹氏の長編小説『1Q84』などの中国語(簡体字)版の出版に携わった民営の大手編集・出版プロダクション、新経典文化有限公司の編集責任者、翟明明氏にインタビューした。

村上氏の作品がなぜ世界の読者から支持されるのかについて、翟氏は「とくに若い世代に共通するような生きることの苦しさ、かつて受けた心の傷について描かれていて、読者の共感を呼んでいる。伝統的日本文学が追求してきた耽美主義や沈うつさの表現とは異なり、たとえば『もし嫌なことがあったら、布団をかぶってぐっすり寝ちゃう。なんといってもこれが一番です』(村上春樹著『村上ラヂオ3: サラダ好きのライオン』)というようなユーモア感やあっさりしたところも、若い読者に好まれている」という。
国際社会のボーダレス化、グローバル化によって、世界の若者たちが同時代的に共鳴できる精神性や感覚が描かれている。それが広く支持されているということらしい。

 一方で、当然のことながら、その作品を高く評価する人々がいる半面、批判する声もある。
日本の文学評論家の中には、村上氏の作品、たとえば『海辺のカフカ』について“かつての戦争の罪悪を忘れようとする傾向をはらんでいる”と批判する人もいると同サイトは指摘する(小森陽一著『村上春樹論 『海辺のカフカ』を精読する』など)。

こうした評論をどう考えるかについては、「村上春樹氏は近年たびたび日本の歴史認識の問題について発言している」(翟氏)として、下記のような「毎日新聞」に掲載された村上春樹氏の単独インタビューと、共同通信の配信記事を紹介。

○〈……僕は日本の抱える問題に、共通して「自己責任の回避」があると感じます。45年の終戦に関しても2011年の福島第1原発事故に関しても、誰も本当に責任を取っていない〉 (「毎日新聞」2014年11月3日付)
○〈……歴史認識の問題はすごく大事なことで、ちゃんと謝ることが大切だと僕は思う〉 (2015年4月の共同通信の配信記事)

さらに翟氏は「文学家としての自分の立場もきちんと表明している」として、村上氏がエルサレム賞受賞講演(2009年2月15日)で、体制を壁に、個人を卵にたとえて言及した「高くて固い壁と、それにぶつかって割れる卵があるとしたら、私は常に卵側に立つ」という有名なフレーズを紹介した。

 

   

■ 「売れっ子作家が受賞するのは難しい?」

 村上氏が長年ノーベル文学賞を受賞できないハードルは何かについて、翟氏は考えられるいくつかの原因を挙げる。
(1)「選考委員には“理想主義の傾向”があるのかもしれない。民族的で伝統的な叙述スタイルに注目していて、その典型例が日本ではノーベル賞作家の川端康成氏、大江健三郎氏の作品。ひるがえって村上氏は日本の伝統作家の非典型例だ。桜や日本酒、茶道といった典型的な日本のイメージよりも、ブランドスーツを着た主人公がウイスキーやカクテルを飲むといった印象が強い」
(2)「欧米文学が好きだと明言し、ロシアの文豪ドストエフスキーやアメリカの小説家レイモンド・カーヴァーらの影響を受けている。それで選考委員の目には“彼の作品には伝統性が欠けている”と映るのかもしれない」
(3)「ノーベル文学賞は若いころに売れた作家はあまり支持されないようだ。彼が世界の売れっ子作家であることも、受賞するのが難しい原因かもしれない」

 さらに村上氏の小説が「流行小説であり、文学的な意義がない」とする批評については、完全に否定する。
「彼の多くの作品には、深い文学的構造や意義がある。たとえば『アフターダーク』では人類の生きるジレンマが描かれ、暗喩に満ちている。『1Q84』では1960年代以降の“我々の世代”を見つめることを創作の動機に、人類の生存環境や人間性とは? を厳しく追究している。本人もいう通り、それは“総合小説”であり、彼を安易に流行作家のリストに入れるべきではない。欧米諸国では多くの読者が、彼を正統文学の作家だと見なしている」

 翟氏の新経典文化有限公司でも、それを「正統文学」(純文学)と位置付けて国内に広めていく構えなのだろう。
「村上春樹氏がノーベル文学賞を逃すわけ」は中国でも所説紛々だが、それだけ注目度が高いという証でもある。
さて来年は、世界のハルキストたちが歓喜にわく結果となるだろうか?

 

     
     

 

 

※ 関連記事
「中国で村上春樹テーマに対談、藤井省三氏と施小煒氏」 (「北京便り」2013年4月号)

     
     
 

 

小林さゆり
東京在住のライター、翻訳者。北京に約13年間滞在し、2013年に帰国。
著書に『物語北京』(中国・五洲伝播出版社)、訳書に『これが日本人だ!』(バジリコ)、 『在日中国人33人の それでも私たちが日本を好きな理由』(CCCメディアハウス)などがある。

Blog: http://pekin-media.jugem.jp/

     

 

  b_u_yajirusi
     
   
中国・本の情報館~東方書店 東方書店トップページへ
会社案内 - ご注文の方法 - ユーザ規約 - 個人情報について - 著作権について