■流行に敏感なメディアを率いる
東京・港区の第一京浜国道沿いにそびえる瀟洒なビルに『東京流行通訊』の編集部がある。月末のこの日午後に訪れると、中国人の若いスタッフとともに編集長の姚遠さんが、忙しい編集作業の手を休めて出迎えてくれた。
黒フレームのメガネをかけ、黒いセーターにジーンズを着こなした、すっきりとしたスタイル。さすがはおしゃれで、流行に敏感なメディアを率いるという佇まいだ。
パソコンに向かって記事を仕上げていた女性スタッフたちに「編集長はどんな人?」と聞くと、すかさず「明るくて、やさしい人!」という元気な声が複数から上がった。
「本人の目の前で、悪口はいえないよね(笑)」と姚さんは照れていたが、時間と闘う緊迫感に満ちたオフィスの中にも、そんな和気藹々としたムードが感じられた。
|
■「3分健診」の記事が大反響
中国語月刊フリーペーパー『東京流行通訊』(簡体字版)は昨年4月に創刊。それまで長年、インターネットを駆使したHTMLメールマガジン(メルマガ)やウェブサイトで世界の中国語圏に数十万読者を抱えていた姚さんが、初めて手掛けた紙メディアだ。もちろんその内容は、ウェブマガジン「東京流行通訊」(簡体字・繁体字版)でも同様に閲覧することができる。
コンセプトは、サブタイトルにもなっている「時尚無時差!」(流行に時差はない!)。雑誌でもその名の通り、中国トラベル予約サイト大手の「携程網」(Ctrip、シートリップ)などを通じた配布で、中国人観光客らに日本の最新情報を「時差なし」で伝えている。
「人気コンテンツは、8つのジャンルがあります。それぞれ、①最新のファッションや美容に関する『美』、②家電製品やIT関係の『電』、③観光スポットやグルメの『遊』、④クルマ情報の『車』、⑤出版物やサイエンス・テクノロジーの『書』、⑥映画、ドラマ、芸能関係の『星』、⑦漫画やアニメ、ゲームやキャラクターグッズなどの『娯』、そして⑧若者のライフスタイルや考え方を紹介する『人』のコーナーです。
昨年11月号では、日本の医療機器メーカーが開発した3分で簡単に健康診断ができるという最先端装置『EIS-BF』を紹介したところ、中国の読者に大反響。『まずいバリウムを飲まなくても済む』『実際に体験したい』という声が多数上がり、中には訪日ツアーに3分健診を組み込んだ現地旅行代理店もあったほどです」(姚さん)
なんと素早い読者の反応だろう! 日中関係は今、何かと難しい時期にあるが、それでも中国の一般市民の日本への関心は、予想以上に高いことがうかがえる。
コンテンツではこのほか、東京の主要エリアガイドの特集や、日中で活躍する人物のインタビューといったコーナーも根強い人気を誇っている。
|
■さまざまな支持者の励ましあってこそ
現在、雑誌は、主に在日中国人(中国系住民)向けに1万部、Ctripを通じて上海とその近郊都市の市民向けに5万部の計6万部ほどを無料配布しているという。
それにしてもなぜ、この時期に日本紹介の雑誌を生み出したのか? 中国でも紙メディアの斜陽化がささやかれて久しいが、なぜ改めてフリーペーパーの創刊に打って出たのか?
「もちろん、山あり谷ありの道のりでしたが、自然な流れでここまで来た、というのが正直なところ」と姚さんは振り返る。それによれば「東京流行通訊」の14年に及ぶ歩みには、要所要所でさまざまな支持者の励ましがあったようだ。
中国の『青春潮』雑誌社で記者・編集者として活躍していた姚さんは1988年、中国の改革・開放後の外国留学ブームに乗って来日。東京写真専門学校(現・東京ビジュアルアーツ)を卒業後、日本の大手繊維メーカー・商社に就職し、2000年から「東京流行通訊」の出発点となる個人メルマガ「日本流行資訊報」(簡体字・繁体字版)をスタートした。
「当時、台湾や香港から来日する“哈日族”(ハーリーズー、日本ファンの若者)たちがネット上で発信する日本情報は浅く、間違っていることが多かった。だったら日本に住んでいる自分がやろうと始めたのです」
中国や台湾のメルマガ配信ポータルを利用してスタートしたところ、意外にも裾野の広い“日本ファン”の心をつかみ、読者は1年足らずで10万人以上、最大で約40万人を数えるまでになった。ソニーの子会社「ソニー台湾」(Sony Taiwan Ltd.)のサイトからも引き合いがあり、オリジナルのコンテンツを提供。土日の休日だけでは対応しきれなくなり、会社を辞めてまでメルマガ制作に打ち込んだ。
「広州生まれで、日本で中国語教師をしている妻の理解があったからこそ。私自身もマクドナルドで夜間のアルバイトをして、なんとか生計を立てました(苦笑)」
その後、2004年にアルバイトに区切りをつけて就職した大手翻訳会社の社長が着目し、翌年からメルマガは同社配信のHTMLメルマガ「週刊・東京流行通訊」として再創刊。それまでコツコツと続けていた個人メディアが、ついに会社の正規事業になったのだ。ここでも支持者の手厚いバックアップに励まされた。
さらに東日本大震災(2011年)の影響などによる業績悪化でメルマガの存続が厳しくなったころ、手を差し伸べてくれたのが、中国系貿易会社で現在の親会社である「三水株式会社」(本社・東京、王暁洋社長)だ。同社ではちょうど、社長の友人から譲渡された在日中国人向けフリーペーパーの編集長を探しており、姚さんは「適任者」と見込まれて、2013年に新規就任したというわけだ。
「本当に、いろんな人の支援があってここまで来ました。こうして自然な流れで創刊された雑誌ですが、メディアとしてはこれから『ウェブ』(ネット)と『雑誌』の2本立てで、コンテンツは『観光』と『流行』の2大柱で、しっかりとやっていきたい」
オリジナルの記事や美しいカラー写真が豊富な日本発の中国語フリーペーパーとして、読者の間ではすでに定評のある『東京流行通訊』だ。とくにトレンド好きな若い読者の興味をそそる中国人目線のコンテンツは、強いアピールポイントとなっている。
その創刊は、偶然の中の必然だったのかもしれない。
|
■創刊1周年で「一番人気の日本人俳優」登場へ
フリーペーパーの今後の目標は、年間70~80万人といわれる中国からの訪日観光客が「1人1冊、手に持つ雑誌」にすること。
「夢は大きく、志は高く持っています(笑)。一気に80万部に拡大するのはムリでも、現在の6万部を数十万部には増やしたいですね!」
そのための入念な計画もある。
創刊1周年となる今年4月号では、中国で今「一番人気の日本人俳優」といわれる古川雄輝さん(ホリプロ所属)に登場してもらう予定だ。
昨年放送されたBSフジのドラマ「イタズラなKiss~Love in TOKYO」は中国でも人気を博し、主役を務めた古川さんは一躍ブレイク。中国版ツイッターといわれる「微博」(ウェイボー、新浪微博)ではすでに100万人以上のフォロワーを数える、注目の若手イケメン俳優なのだ。
「撮影も有名な写真家、加納典明先生にお願いする予定です。スタジオやスタイリストにもお金をかけて、大々的にやりたい。古川さんがカバーや記事で登場したら、雑誌は中国で爆発的な評判を呼ぶことでしょう」
1周年記念号で、いっそうの飛躍を遂げたいと姚さんは目を輝かせる。
|
■実は中国人の3分の2は「日本好き」
それにしても話の端々で「日本が好き」だと強調する、親日家で知日派の姚さん。日本への思いや、そのパワーの源はどこにあるのか?
「88年に来日したころ、東京・原宿の歩行者天国で見た『竹の子族』は衝撃でした。何にも心の縛りがなくて、派手な衣装で、自由に踊る若者たちです。こんなに自由な国があるのか!と、共産党の教育を受けて80年代後半に来日した留学生たちにとってはショックでした。ものすごく感動して、当時写真の勉強をしていた私は毎週通いつめて、のちに『原宿人』という写真展を開いたほど。その時から、日本の流行や新しいものに強く引かれるようになった」
「日本人の“きれいな心”にも感動します。私たちは、人が人を信用できなくなった文化大革命を知る世代です。だから来日して驚いたのは、例えば、カギをかけなくても自転車が盗まれないこと、値段交渉をしても少しも値切ることなくすんなりOKになること。ヨコシマな考えがなくて、中国人の中には『日本人はバカなんじゃないの?』という人までいたほどです。
でもしばらく日本にいると、これは素晴らしいことだと改めてわかるのです。きれいな心で勤勉だからこそ、他の国には真似できないような精巧で便利なもの、ステキな文化や流行が生まれるんじゃないか? そういう日本人の心を、中国人に伝えたい」
「中国人も思った以上に、日本の流行に関心が高いですよ。中国のSNSを利用した『東京流行通訊』アカウントからの発信への反応は、日本が好きな人は3分の2、反日コメントを寄せる人は3分の1以下という印象です。話題も伝えたいことも山ほどある。これからも私たちのウェブや雑誌にご期待ください!」
日本人の心を伝える『東京流行通訊』――。個人メルマガから、今やそれは中国語圏に“日本ムーブメント”を起こし得る、発信源に成長している。日本人にとっても、注目のメディアであることは間違いないだろう。
|
□姚遠(よう・えん)
1964年、中国西安市出身。国立アモイ大学文学部卒業後、『青春潮』雑誌社で記者・編集者として活躍。1988年に来日し、日本語学校を経て、東京写真専門学校(現・東京ビジュアルアーツ)に進学。写真家の森山大道氏に師事する。卒業後は日本の大手繊維メーカー・商社に就職し、2000年から個人メルマガ「日本流行資訊報」(後に「週刊・東京流行通訊」)の定期配信をスタート。メルマガはその後、スタイルや経営母体を変えながら10年以上にわたり、日本の最新情報やトレンドを世界の中国語圏に発信。2013年4月には月刊フリーペーパー『東京流行通訊』を創刊し、中国人観光客らに向けて、日本や東京のさまざまな魅力を伝えている。
|
□「東京流行通訊」
http://www.tokyo-fashion.net/
姚遠さんが2000年にスタートした個人メルマガが出発点。
現在(2014年1月末時点)、ウェブマガジン(電子版)の読者は、中国語簡体字・繁体字・日本語版を合わせて約40万人。「微博」アカウントのフォロワーは、計33万人(新浪、騰訊、網易、捜狐の4大ポータルの合計)。
2013年4月に創刊したフリーペーパーは現在、約6万部を配布している。東京では、池袋のサンシャインシティプリンスホテル、銀座の銀座日航ホテル、レストラン「小肥羊」の各支店、「新宿御苑学院」などの日本語学校に置かれている。 |
|