「在日華字紙」は50紙以上に その現状と課題は?
日本で発行されている華僑、華人向けの中国語新聞は「在日華字紙」と呼ばれ、読者に広く親しまれている。 その数、全国で50紙以上。東京だけでも大小合わせて約30紙はあるといわれ、数十万人を数える中華系コミュニティーで大きな威力を発揮している。 老舗の華字紙のうち、最も古いものでは今年創刊25年。20年以上の歴史を誇る華字紙もいくつかあるが、意外とその内容は一般の日本人には知られていない。 長年滞在した中国・北京から今年7月、本帰国したばかりの筆者は、この在日華字紙に注目した。それらは一体どういう読者層に向けて、どんな報道をしているのか? 知られざる在日華字紙の現状や課題に迫った。
■池袋チャイナタウンに広がる華字紙 在日華字紙の発行元が集中するのが、東京・池袋の界隈だ。ここでは数年前から「池袋リトルチャイナ」「東京中華街」などといわれる新中華街構想が議論されている。 それもそのはずで、池袋駅北口や西口をはじめとする駅周辺エリアには、改革開放後の1980年代以降に来日した「新華僑」「新華人」が経営する会社や店が、ざっと500はあるといわれる。中華レストランはもちろん、中国物産店、美容院、不動産会社、旅行代理店、弁護士事務所、カラオケ店や風俗店、さらには自動車学校まである。まさに中国語でいうところの「三百六十行」(さまざまな職業)が出揃っていて、こうした中華系コミュニティーの広がりから、中国語メディアも続々と拠点を構えたのだ。 池袋駅北口の地上に出ると、すれ違った若いカップルからは中国語が聞こえてきた。中国系のレストランや物産店が雑然と建ち並び、狭い通りにはひっきりなしに人が行き交う。中国の都市部で感じる喧騒やエネルギーに、よく似ているような気がした。 しばらく歩くと、中国語のフリーペーパーを配るおじさん、おばさんたちのグループに出くわした。新聞は週刊紙の「大紀元時報」(日本版)。中国共産党・政府に対して批判的な報道姿勢を貫いており、俗に、中国政府に非合法団体と指定される気功団体「法輪功」の機関紙だとか、関連メディアだとかいわれる。 もらった新聞(9月11日付)を開いてみると、1面トップは「56年ぶりに東京が再びオリンピックの夢をかなえた」といった話題のニュース、そして2、3面は「消費税増税か、10月に明らかに」などの日本の政治、経済ニュースが中心。思ったほど反体制的な記事はこの号では目立たなかった。 通りの向かいにそびえる老舗の中国物産店「陽光城」では、店の横手にある春雨やナツメ、乾燥キクラゲといった輸入品のラックの隣に、華字紙が山積みにされていた。陽光城の関連メディアである大手週刊紙「陽光導報」や、姉妹紙の隔週エンターテインメント版「玩轉東京」、香港紙「文匯報」の日本版ダイジェスト「半月文摘」などである。 実はこれらの新聞は、1部200~300円の定価がついているが、利用者サービスの一環で無料配布されているもの。店側としては「商品購入者に限り、ご自由にお持ちください」というのが基本的スタンスなので、新聞をもらう際にはナツメを買うなど気をつけたほうがいいだろう。
■「中文」「陽光」「東方」の各紙を読む 先にも述べたが、在日華字紙は日本にいる華僑、華人が在日のコミュニティーに向けて発行する民間の中国語メディア。中国共産党の機関紙『人民日報』などのように中国に本社を構え、中国本土の読者をターゲットにする国有報道機関とは、その性質を異にする。発行の財源も、在日華字紙の場合は広告収入と販売収入のみ。常に熾烈な市場競争にさらされているのが現状だ。 そうした中で、在日華字紙の3大紙といわれるのが「中文導報」「陽光導報」「東方時報」だ。いずれもブランケット判の総合週刊紙。中華圏の政治、経済から社会、文化、芸能、スポーツ、そして日中関係、国際問題までさまざまなテーマを扱っている。ページ数は30ページ前後と厚く、カラー写真も充実している。 1992年創刊の「中文導報」は、中国系企業「中文産業株式会社」(本社:東京・品川区)が発行。同社は資本金1億円余りで、創業当初の中国系輸入書を扱う書店から経営規模を拡大。発行部数は定かではないが、中国語新聞としては国内最大級を誇るといわれる。 最近号(8月8日付)を開いてみると、1面下に「安倍首相が8.15靖国参拝を回避する見込み」、7面のニュースフォーカス特集に「訪日中国人は減少するも消費額は依然トップ」との大見出しが踊っている。 後者は日本政府観光局のデータを踏まえて、東日本大震災などの影響で大陸からの観光客は今年上半期に前年同期比27%減となったものの「依然、消費額は首位(今年4~6月に558億円、全体の17.8%)であり、消費欲も旺盛だ」と分析している。 来年の消費税増税を前に、いかに日本で不動産投資をするか?といった華人向けの投資ガイド記事もあり、時勢をよく表している。 前述した、池袋の大手中国物産店「陽光城」の創業者が2002年12月に創刊したのが、関連メディアの「陽光導報」だ。資本金は約6000万円、発行部数は公称で月20万部(週5万部)。創刊11年と在日華字メディアの歴史としては浅いほうだが、健闘している。 最近号(9月26日付)では1面トップに、台風18号で増水した淀川に流された男児を救った勇敢な中国人留学生、厳俊さんのニュース記事を掲載。 3面では丸1ページを割いて、日本でこのほど高視聴率を記録したテレビドラマ「半沢直樹」の広まりとそのわけを探っている。主人公の決めゼリフ「やられたら倍返しだ!」が中国語では「人若犯我必加倍奉還」と訳されてインターネットを通じて人気を博し、台湾では馬英九総統と王金平立法院院長の政争を揶揄するパロディー画像「半澤金平」まで現れた、というホットな話題を提供している。 さらにもう1紙、フリーペーパーの「東方時報」は、中国系の国際電話カード販売会社「株式会社 東方インターナショナル」(本社:東京・豊島区)が1995年に創刊。資本金約3000万円。 8月8日号では、「中国の金持ち移民を歓迎しない国」(3面)から「台湾夜市」(8~9面)の紹介、そして中国共産党の最高指導部入りを有力視されながら失脚した元重慶市党委員会書記、薄熙来被告の息子がこの秋、米名門校コロンビア大学ロースクールに難なく入学する(13面)といった政治スキャンダルまで、盛りだくさんの内容だ。 華字紙の中には週刊紙「網博週報」のように日本政府に批判的な論調のメディアもあるが、3大紙についていえば、わりあいに中立で客観報道を目指している印象を受けた。 広告はいずれの紙面も、中国系の不動産会社、旅行代理店、語学学校、レストラン、物産店といったものが多いが、池袋チャイナタウンのようにあらゆる業種が揃っている(先にも触れた「玩轉東京」はエンタメ版でもあり、風俗系の広告が多い)。 正社員やアルバイトの求人広告も多く、在日華字紙が中国系住民たちの仕事や暮らしを支えていることがわかる。
■日本人読者を増やし、紙上交流拡大を 一方で、在日中国人の人口は、2012年12月時点で65万2555人、台湾人は2万2773人(法務省統計)。日本国籍を取得した在日華人などを合わせれば、日本にいる中国系住民は80万人余りに上ると見られる。 これは在日外国人(203万3656人)の中ではダントツの多さ。中国人だけでも外国人の3割以上を占めている。また中国人は、地域別では東京に最多の15万人がいる。首都東京では、おおよそ100人に1人が中国人だというわけだ(東京の人口は1323万人、2013年4月時点)。 こうした中国系住民は、中国の改革開放後の出国ブームと、1983年にスタートした中曽根内閣(当時)の「留学生受け入れ10万人計画」により、80年代から急増。それに伴い、日本の華字メディアも増加した。 北京の「中国青年報」記者から1991年に留学で来日、『日本の中国語メディア研究』などの著書があり、在日華字紙について詳しい日本僑報社編集長の段躍中さん(55)は、こう振り返る。 「改革開放後、来日した中国人による中国語新聞のうち最も古いのは今年創刊25周年の『留学生新聞』(月2回刊行)。最初の特集は『ゴミの出し方』でした。日本語や日本の生活ルールがまだわからない留学生たちが、中国語でゴミの分別方法を紹介した。そうした生活情報の共有が、中国語メディアの始まりでした」 その後、華字紙が注目する内容は、時代によって変化したという。 「89年の天安門事件のころは、事件を中心に取り上げる『民主中国』という政論誌もあった。もちろん(情勢の変化から)長くは続きませんでしたが……。その後、華字紙は政治色が弱くなり、楽しく読める総合紙へと変化した。不動産にグルメ、遊びの情報など。さらには風俗情報がものすごく多くなり、自宅に持ち帰れないほどになった(苦笑)」 近年の中国人観光客の急増や中国系風俗店の発展が、華字紙にも色濃く反映されたのだ。 華字紙の読者や課題について、北京で人気グラフィック誌『VISION』の編集を担当後2006年に留学で来日、現在は「陽光導報」の副編集長を務める劉怡祥さんはこう語る。 「読者の多くは、日本で働く中国人(中国系住民)や、日本人と国際結婚した中国人女性たち。日本語の読解力がまだまだだったり、日本メディアの視点とは異なる情報を求めたりする人に読まれています。課題は、それだけではない購読者をもっと拡大すること。今は少ない日本人読者を獲得するために、日本語で読めるページを増やしたいと考えています」 領土問題により日中関係が悪化した2012年9月には、池袋の「陽光城」の周辺で、中国に反発する日本人グループがデモを組織、辺りはものものしい雰囲気に包まれた。「陽光導報」編集部にも「(お前たちは)支那に帰れ!」といった嫌がらせ電話があったという。 「日本で働く中国人として、非常に残念に思います。相互理解が全てを解決するわけではないが、お互いに理解不足であることは確か。紙上で、中国人と日本人の読者が意見交換するコーナーがあるといいかもしれませんね」と劉さんは期待を込める。 前述の段さんも、日本人読者の拡大を願う1人だ。 「そのためには現在、多数ある中国語新聞をいくつかに統合し、クオリティーの高い全国紙を作ってはどうか? 今は各紙で同じようなニュースが見られるが、統合すればもっと多くの情報が掲載できる。オリジナルの取材記事も充実するし、激しい広告競争からも解放される。大阪にも老舗の『中日新報』(1992年4月創刊、月2回刊行)と『関西華文時報』(2002年8月創刊、月2回刊行)などの良質な華字紙があるが、それらを地域版にすることも可能。さらに日本語ページを拡大すれば、紙上で日中交流が図れるし、在日中国人についてももっと理解してもらえるでしょう」 日本にいる華僑、華人たちが何を発信しているか? 池袋などへ行ったら、在日華字紙を手に取ってみてはいかがだろう。 ※ 定期購読を希望される場合は、各紙ウェブサイトからお申し込みください(一部)。 ・「中文導報」 http://www.chubun.com/ ・「陽光導報」 http://sunshine-news.co.jp/ ・「東方時報」東方インターナショナル http://www.tohonet.com/ ・日本僑報社 http://jp.duan.jp/ ※ 池袋のデモの写真(2012年9月29日)は劉怡祥さん提供
小林さゆり 東京在住のライター、翻訳者。12年余り北京に滞在し、2013年7月に帰国。 著書に『物語北京』(中国・五洲伝播出版社)、訳書に『これが日本人だ!』(バジリコ)。 取材編集に携わった『在中日本人108人のそれでも私たちが中国に住む理由』(阪急コミュニケーションズ)も好評発売中!